「やっぱり、うまいし、(体が)デカイですね。自分はマッチアップするポジションじゃなかったですけど、なかなかボールを奪えない。(前線の選手として)ボールが収まるっていうのは大きいっすよね」 ジュビロ磐田のMF田口泰士はこの夜、対戦した敵F…

「やっぱり、うまいし、(体が)デカイですね。自分はマッチアップするポジションじゃなかったですけど、なかなかボールを奪えない。(前線の選手として)ボールが収まるっていうのは大きいっすよね」

 ジュビロ磐田のMF田口泰士はこの夜、対戦した敵FWに塩を送っている。サガン鳥栖の元スペイン代表、フェルナンド・トーレスについての印象だ。

 鳴り物入りで入団したトーレスだが、そのコンディションは完調には程遠い。例年、ラ・リーガ(スペインリーグ)で5月末にシーズンを終えた選手は、新シーズンに向け、7月中は涼しい場所で体を慣らす期間。記録的な猛暑と蒸しあがるような湿気の日本で、すでに公式戦に出ているというのが例外的といえるだろう。

 それでも、トーレスは世界有数のストライカーとしての一端を感じさせている。



第18節の磐田戦で先発出場したフェルナンド・トーレス

 7月28日、ベストアメニティスタジアム。トーレスは鳥栖の選手としてJリーグ初先発を果たしている。前半は、チームとしてボールを持ち出せなかったこともあって、単発のプレーに終わる。パスは出てこず、受けて出しても、今度はリターンがない。

 しかし、業を煮やしたのか。前線でボールを受けると、相手を懐に飛び込ませずにキープ。引きつけてからドリブルで抜け出し、ゴールまで進撃しようとするなど、磐田のセンターバックを牽制する。パワーとスピードを要所で用いることで、マーキングを徐々に乱れさせていった。

 ただ当然ながら、トーレスはそれしきでは満足しない。

「バックラインの裏に出せ!」

 時間を追うごとに、指を差しながら何度も繰り返すようになる。

 ハーフタイム、焦れたのだろう。トーレスは珍しくチームメイトたちに「角度をつけたところから裏へ」と注文。瞬間的にマークを外しており、クロスのタイミングさえ合えば、ゴールまで持ち込める自信があったに違いない。スペイン語で『Desmarque(マークを外す)』という動きは、トーレスの真骨頂のひとつだ。

「(トーレスに関しては)運動量は少ない、というのはビデオで見てわかっていました。暑さとか、しんどいコンディションの中で、フィットさせようとしているんだろうけど、100%には及ばない。今まで見てきた(欧州での)彼のプレーと比べると……。それでも、周りの選手とのコンビネーションから決定的なシュートを打てるので、やはり怖さはありましたね」

 磐田の名波浩監督は、忍び寄るような不気味さを感じていた。

 そして後半10分、「神の子」と言われる片鱗を見せる。DFキム・ミンヒョクが蹴ったアバウトなクロスに、いち早く反応し、マーカーの裏でボールを受ける。胸で完全にコントロールしたあと、飛び出してきたGKの鼻先を抜くようなループシュート。完璧なプレーに見えたが、磐田のGKカミンスキーの「プレーを読んだというよりは、自然に体が反応していた」という奇跡的なセービングで、ゴールはならなかった。

 しかし、トーレスは間違いなく敵味方の心を動かしている。関与したプレーは多くないものの、プロサッカー選手にサッカーをする喜びを与えていた。

「トーレスは、とにかくうまいっすね。サッカーやってて、面白いです!」

 そう無邪気に語ったのは、鳥栖のFW小野裕二だ。

「まずは、裏に出すっていう感じですね。トーレスはいつも(裏を)狙っている感じなんで。その感覚が(自分と)合うんですよ。(お互いに)無理だなと思うときは(裏へ)走らないで、近くで受けてくれるし。(敵と)並走している感じなら、必ずパスを出すようにしています。(トーレスなら敵に)負けることはないんで」

 予想していたとおり、鳥栖では”トーレス・シフト”が着実に組まれつつある。デビュー2戦目も不発で(0-0と)勝てずに終わったものの、トーレスが戦術、といっても大げさではないほどだ。

「今は、トーレスをプレーさせながらコンディションを上げさせていきたい」

 鳥栖のマッシモ・フィッカデンティ監督は説明している。

「トーレスは経験のある選手で、日頃の練習も懸命にする。モチベーションは長所で、笑顔でポジティブにサッカーに取り組める。ただ、2カ月のオフがあって、試合勘の部分ですり合わせが必要。徐々にコンディションを上げ、(彼を落とし込む最善の)戦術を考えていきたい」

 トーレス・シフトの完成はこれからなのだろう。

 また、この夜はFW金崎夢生が移籍後初先発を飾って、FW豊田陽平が復帰後初の出場を果たした。激変するチームは、戦いの形を探しながら、残留争いとも向き合わなければならない。当然、その難しさは抱えている。

「ニーニョか、ナンドって呼んで」

 トーレスは、はにかみながらチームメイトに伝えているという。まだ、その呼び名は定着していない。「トーレス」のままだったり、「フェル」と呼んでいる選手もいる。

“トーレス・シフト”の真価は、これから問われる。