遺伝子~鹿島アントラーズ 絶対勝利の哲学~(22)熊谷浩二 後編前編から読む>> 6-2と圧勝した柏レイソル戦から中2日で迎えた7月25日アウェイのセレッソ大阪戦。ACLのために未消化だった1戦で奪える勝ち点数は、順位に大きく影響する。…

遺伝子~鹿島アントラーズ 絶対勝利の哲学~(22)
熊谷浩二 後編

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 6-2と圧勝した柏レイソル戦から中2日で迎えた7月25日アウェイのセレッソ大阪戦。ACLのために未消化だった1戦で奪える勝ち点数は、順位に大きく影響する。

 酷暑のなかでの連戦。当然疲労に対する危惧もある。しかし、鹿島アントラーズの選手たちは終始アグレッシブな姿勢でピッチを駆けた。

「前向きな気持ちが結果に繋がっている」

 試合後、土居聖真が語ったように試合は、0-2と鹿島の勝利で終わる。得点者は鈴木優磨と土居だった。金崎夢生の移籍が発表された直後、次世代を担う選手たちが躍動した試合だった。

「ちょっとしたミスであってもみんなでカバーするという雰囲気があり、僕ら前線の選手も思い切ってチャレンジできる。たとえ、(ボールを)奪われてもすぐに周りが回収(再度ボールを奪い返す)してくれる。そういうところが、何回もペナルティ・エリアの中へ侵入する勇気に繋がっていると思います」と安部裕葵。

 チャレンジ・アンド・カバー。チーム全体に漂うのはそんな空気だった。

 気持ちよく試合を進めたのは、攻撃陣だけではなかった。犬飼智也が鈴木の先制点をアシストすると、41分に負傷退場した昌子源に代わり出場した町田浩樹も土居の2点目をアシストした。

「アシストをしたことよりも、無失点に抑えられたことのほうが嬉しい」と町田は安堵感とともにそう語っている。

「高い能力を持った選手たちです。でも、若いために、意欲が強すぎて、ミスをすることもある。そういうときは『大丈夫』とか『集中』とか日本語で言葉をかけます。たまに韓国語で言ってしまうことがあるけれど、気持ちは伝わっているはず」

 この日好セーブを連発したGKのクオン・スンテは、若いセンターバック陣についてそう話した。そして、鳥栖からの加入が決まった韓国代表の24歳のセンターバック、チョン・スンヒョンについては、「できるだけサポートしたいと思っています。でも、集中を欠くようなときは、日本人選手に対するよりも、叱るとは思いますが……」と笑った。

 翌26日、大阪で行われたトレーニングには、そのスンヒョンの姿があった。左足関節捻挫で全治約3週間となった昌子に代わり、急遽大阪入りしたという。

「昨日の夜の9時に言われて、びっくりしました。初めての練習は緊張もしましたが、チームメイトがよくしてくれました。アントラーズはJリーグで一番強いチームですし、一番名門だと思いました。昌子選手がJリーグで一番いい選手だと思いますが、僕も韓国のプライドをかけて、ここに在籍していたイ・ジョンスさんやファン・ソッコさんもすごい成績を残していたので、それ以上の成績を残さなければいけないと思っています。そして、それを超えるような選手になることが、目標です」

 日本語を交えながら、意気込みを語るスンヒョン。早ければ、土曜日のガンバ大阪戦の出場も可能だが、W杯以降チーム練習からは遠ざかっていたため、コンディション的には不安も残る。それでも、「常に準備をしているのがプロサッカー選手」と話した。

「アグレッシブさ、意識の高さに感服した。チームとして一体感を持って戦えた」

 大岩剛監督は、試合後、選手たちをねぎらうようにそう評した。先発の平均年齢25.82歳。若いアントラーズはこの夏を駆け抜けられるのか?

 大阪2連戦の後半は7月28日、新監督を迎え、情報量の少ないガンバ大阪との対戦だ。

 鹿島アントラーズのクラブハウスでは、トップチームのトレーニングだけでなく、高校生で構成されるユースチームの練習も行われている。 

「こんにちは」「こんにちは」

 そんな少年たちは、取材陣を見つけると、次々に挨拶してくれる。以前も挨拶をしてくれてはいたが、今のように大きな声が響き渡るほどではなかった。溌剌(はつらつ)とした空気を生み出したのが2014年からアントラーズユースを率いる熊谷浩二監督だった。

 2006年より鹿島アントラーズ強化部スカウトに就任。遠藤康、大迫勇也や柴崎岳、昌子源、植田直通などの獲得に尽力し、2011年からユースチームのコーチを務め、2014年から監督としてチームを率いている。



ときおり笑顔を交えて話した熊谷浩二

――鹿島は毎年、有力な高校生を獲得しています。スカウト力の高いクラブだと思うのですが……。

「これもまた有難い環境だったのですが、長年スカウトを務めていた平野(勝哉)さんや椎本(邦一)さんという素晴らしい方々が築いた地盤があったので、僕のようにまったくの素人であっても、『鹿島のスカウト』として受け入れてもらえる部分がありました。もちろん、だからこその難しさもありましたが、ふたりの先輩からたくさんのことを教えて頂き、本当に勉強になる時間を過ごせました」

――やはり、鹿島アントラーズというブランドは生徒や親御さん、学校関係者にとっても魅力的なものなのでしょうか?

「もちろん、そうですね。何かを説明するまでもなく、『入りたい』と思ってもらえるクラブだということを強く感じました。ただ、同時に、『レベルが高く、競争が激しい』環境だということもみんな理解しているので、『試合に出られないかもしれない。だったら、別の選択肢を』というふうに考える選手もいて、そういうところでの戦いもありました」

――鹿島で獲得する選手を選ぶ際に、選手の性格を重視すると聞いたことがありますが。

「平野さんと椎本さんから『人間性、パーソナリティ』が大事だと何度も言われました。それを教えてくれるのが指導者だと。ただ、1、2度会っただけでは指導者の方も『大丈夫ですよ』ということしか教えてくれないから、指導者との関係性を築くのが大切だと」

――スカウトを経験したことは、その後ユースのコーチ、監督をするうえでも貴重な時間になりましたか?

「もちろん。単純にいろいろな指導者の方と面識があるというのも大きいですし、同時にたとえば、(遠藤)康や大迫、(柴崎)岳、昌子や植田を見たときの衝撃というか、彼らのレベルを知っていることで、鹿島のトップチームへ入る選手の基準を肌で感じられる。だから、ユースの選手たちに、どれだけの資質や可能性が必要なのかという判断基準にはなっていると思います」

――ユースチーム、下部組織での選手育成は、トップチームへ選手を供給するという役割も大きいですが、そう毎年何人も選手が昇格できるわけでもないですよね。欧州のクラブでも1年に数名というのが現状だと思います。特に鹿嶋という地域性を考えると子どもの数も少ないので、トップで通用する選手をたくさん輩出するのは難しいはず。チームの成績や選手の成長などのビジョン以外にどういう意識で指導されていますか?

「下部組織、ユースというのは、まだまだ土台作りの段階で、そのベースの底上げが重要です。さすがに大迫や柴崎のような素材が次々に生み出せるわけではない。だから、そういう意味で、ユースチームでもスカウト活動だとか、基盤作りをしなくちゃいけないという意識もあります。トップチームへ繋がるような選手を育てることが最大の目的ではあるけれど、トップへ昇格しない選手たちをどう育てるかも重要です。鹿島への想い、帰属意識を選手たちに持ってもらう。それは育成が最低限やるべきことだと思うんです」

――いつの日か、彼らがサッカーをプレーしなくなったとしても、ユースに在籍したことで鹿島への愛情を持ってほしいと。

「鹿島アントラーズへの愛着を持ち、その後の人生を生きてもらえたらと。大学へ行き、就職して社会に出てもそれぞれの場所で、鹿島アントラーズというクラブが好きだという人間をどんどん増やすことが大事だなと。地元に愛され、自分のチームを愛してという選手が育成から育ち、巣立っていく。そして、戻っても来る。そういうことが鹿島アントラーズというクラブの存在価値、あり方だと。僕が今、任されている仕事というのは、そういう基盤作りとクラブへの帰属意識や愛着を育むことだろうと思っています」

――鈴木優磨選手が『挨拶や生活態度について、熊谷さんからは、厳しく言われた』と話していましたが……。

「基本的なこと、最低限やるべきことについては、きっちりみんなで合わせる。それ以降のところは、自分で決断して、進めるということは常に言っているところですね。自分で考えて、自分で工夫し、自分で行動し、自分で決断する力を身につけてほしいので」

――その鈴木選手の活躍が目覚ましいですが、嬉しいんじゃないですか?

「優磨を褒める気はないです(笑)。だけど、優磨の何がすごいかっていうと、サッカーが好きだという芯がしっかりあるということですね。そこに可能性があるというふうには思っていました。優磨に限らず、僕の指導によって子供たちが良くなっているわけでもないし、僕の指導で悪くなっている……かはわからない。ただ、僕が指導する期間は3年間ですが、ひとりの選手が形成されるうえで、様々な環境が影響を及ぼすだろうし、いろんなことがあると思うんです。そういうなかでも、戻ってくる場所、芯があるというのが大事ですし。優磨の場合は、『サッカーが好き』というところが武器になるのかなと思います」

――鹿島アントラーズの魅力とは?

「みなさんが言うことだと思いますが、やっぱり、『誠実、献身、尊重』というジーコスピリッツだと思っています。ユースの選手たちに伝えるときには、嘘をつかないこと、一生懸命やること、感謝の気持ちというふうに置き換えて説明しますが、サッカーというスポーツに対してもそうだし、大人になって、人生という部分でも大事なこと。ただし、非常に難しいことでもある。そういう一番難しいことを理想として掲げて、チーム作りをし、ここまでの結果を残してきた。いろいろな現実があるなかで、理想を追求してきたというところがこのクラブの魅力を生んでいると思います」

――難しいことを理想として掲げたジーコがいて、そのクラブへの忠誠心を皆が持っている。

「人間として大切だけど、難しいであろうことを柱にして、その理想へ向かってチャレンジしながら、ここまで来た。その結果がおそらくほかのクラブとの違いを生み出している。本来、人間としてあるべき姿、向かわなくちゃいけないところへ、サッカーを通して、クラブとしてまとまって、向かっている。それが鹿島の魅力だし、その魅力がひとを惹きつけていると思っています。だからこそ、それをブレずに継続していくことが大切です」

――掲げた指針が芯となり、皆がそこへ立ち返れる。

「心のなかに戻れる場所があるのは強みだと思います。僕は今、育成部門で仕事をさせてもらっているので、愛着や帰属意識もそうですが、そういうジーコスピリッツを選手たちの中に残せるような指導をしていきたいと考えています」

――熊谷監督ご自身の未来予想図は?

「現役時代と同じで、『今日を精いっぱい』という感じの毎日なので。先のことを考える余裕は持てないですね。とにかく与えられた仕事をしっかりとやっていくだけです」

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