17得点は埼玉県大会決勝史上、最多記録 第100回全国高校野球選手権記念南・北埼玉大会は23日、県営大宮球場で南大会の決勝が行われ、春季大会を6連覇したAシード浦和学院が川口を17-5で圧倒し、5年ぶり13度目の優勝を遂げた。浦和学院が記念…

17得点は埼玉県大会決勝史上、最多記録

 第100回全国高校野球選手権記念南・北埼玉大会は23日、県営大宮球場で南大会の決勝が行われ、春季大会を6連覇したAシード浦和学院が川口を17-5で圧倒し、5年ぶり13度目の優勝を遂げた。浦和学院が記念大会で甲子園に出場するのは、第90回大会に続いて2度目。決勝での17点は埼玉県大会史上、最多記録となった。川口は第96回大会3回戦で浦和学院に4-1で勝ったが、53年ぶり2度目の決勝に進んだ今回は投手陣が打ち崩される完敗だった。

 先攻の浦和学院は初回に2点を先取したが、その裏に四球と失策などが絡んで追い付かれる。今大会、初戦の2回戦から準決勝まで常にリードを奪い、同点にされたことすらなかった。ノーシードながら決勝まで駆け上がった川口が粘り強く食らい付く展開も予想され、試合の妙味は高まったと思われたが…。

「2回の得点が大きかった。特にあの3ランが効きましたね」と就任28年目の森士監督は、主将の蛭間拓哉が右翼席に打ち込んだ3点本塁打を勝敗のポイントに挙げた。この回は打者10人を送り込み、2四球に長短5安打を集中して一気に5点を奪取した。

 3回に加点した後、4回から7回まで無得点だったが、8回には打者11人で5点、9回にも9人で4得点し、川口が投入した6人の投手から19安打で17点をものにする猛打ぶり。川越東から16点を挙げた5年前の決勝記録を更新した。

 まさに臥薪嘗胆の思いだった。昨年は決勝で花咲徳栄に2-5で敗れ、2年前は準々決勝で聖望学園に屈し、3年前は準決勝で伏兵の白岡、4年前は3回戦でこの日と同じ川口に足をすくわれた。森監督は「もう2度と(夏の)甲子園に出られないんじゃないかと思った」と苦しかったこの4年間の胸中を正直に告白し、「今回の優勝は選手とコーチングスタッフのおかげ。本当に感謝している」と目を細めた。

投手陣再建を託された森監督の長男・大コーチ

 その中でも指揮官が特に謝辞を述べたのが、豊富な投手陣をまとめ上げた森大コーチだ。監督の長男で10年前の記念大会では、浦和学院の投手として甲子園にも出場した。先発したエース右腕の渡辺勇太朗が、今大会最長となる7回を投げて被安打8の自責点1。続いて2年生の永島竜弥、さらに1年生の美又王寿とつなぎ、9回は防御率0.66と今春の6連覇の立役者でもある背番号1の河北将太で締めくくった。

 このほかに近野佑樹、佐野涼弥と先発能力のある左右の投手がめじろ押し。プロ球団並みの顔触れを指導した森コーチは「3年生は入学時から優秀な投手がそろっていたが、みんなが地道に努力したから、これだけの投手陣が出来上がったのでしょう。甲子園でも力を一つにして戦いたい」と笑みが絶えなかった。河北はしみじみと、少しだけ目を潤ませながら言った。

「僕なんて1、2年の時はベンチに入れる力もなかったのに、森コーチから私生活を含めて指導していただいたおかげです。甲子園で絶対に恩返ししたい」

 指揮官は昨夏の花咲徳栄の全国制覇に大いに刺激を受けた。先を越されてショックも大きかったそうだ。「甲子園の戦い? うちは投手が揃っているから総動員でやっていきたい」と頂点までを遠望する。埼玉で生まれ育った渡辺は、小さい頃から浦和学院にあこがれ、縦じまのユニホームを着て甲子園で優勝することを夢見てきた。「うれしい。森監督を胴上げするのが目標でしたが、次は甲子園で胴上げしたい」と埼玉県勢の連覇に思いをはせた。

 全国選手権は史上最多の56校が参加して8月5日から17日間、甲子園球場で開催され、組み合わせ抽選会は同2日に行われる。(河野正 / Tadashi Kawano)