2000年代、甲子園で最大級のミラクルを生んだ選手といえば佐賀北の副島浩史だろう。2007年夏の甲子園で、公立校な…
2000年代、甲子園で最大級のミラクルを生んだ選手といえば佐賀北の副島浩史だろう。2007年夏の甲子園で、公立校ながら次々に強豪校を破り、ついには全国の頂点へと駆け上がった佐賀北。その快進撃は”がばい旋風”と呼ばれ、チームの中心を担っていたのが3番を打つ副島だった。
ハイライトは広陵との決勝戦。3点を追う8回裏に野村祐輔(現・広島)、小林誠司(現・巨人)の黄金バッテリーを打ち砕いた副島の逆転満塁本塁打は、数々の奇跡を完遂させた史上屈指の”劇打”といっていい。このシーンは、毎年夏になれば必ずといっていいほど多くのメディアが取り上げるため、昨日のことのように記憶しているファンも少なくないはずだ。

この春から唐津工野球部の副部長に就任した副島浩史
その副島がこの春、佐賀県立唐津工の野球部副部長に就任した。甲子園を沸かせた”レジェンド”が、11年ぶりに高校野球の世界に戻ってきた。
副島は高校を卒業すると福岡大へ進学。主に指名打者としてプレーし、3年秋には九州六大学リーグの本塁打王と打点王に輝き、ベストナインも受賞した。
大学卒業後は社会人野球からの複数のオファーを蹴り、地元の佐賀銀行に就職。本店営業部で働くかたわら、会社の軟式野球部に所属していた。
そんなある日、副島は高校時代のチームメイトで甲子園優勝投手の久保貴大(現・佐賀北監督)が社会人野球を辞め、佐賀大の大学院に通いながら高校野球の指導者を目指すという報道を目にした。
「選手として限界までやりきって、あらためて教員を目指すという生き方がすごくかっこよく見えました。高校卒業時に関東の大学からの誘いを断り、大学卒業時にも社会人野球で都市対抗を目指す道もあきらめた。いつも自分は逃げてばかりで、挑戦心がない。いったい何をやっているんだろうって……」
副島は、2014年7月に佐賀銀行を退職。 “優良企業”での安定した生活を捨てる決断に反対する者も多かったが、「教員になる。今度こそ挑戦し続けてやる」という副島の意思は固かった。その後は、県内の支援学校で講師を務めながら、教員採用試験合格に向けて勉学に励んだ。
2017年秋、4度目の挑戦でついに採用試験をクリア。年末には広島の野村と会う機会があり、合格を報告。野村は「おめでとう!」と自分のことのように喜んでくれたという。そして、この春から唐津工の保健体育担当として教員生活をスタートさせた副島は、あっという間に待ち焦がれた夏を迎えたのだった。
「ようやくこの場に来ることができました。この独特のしびれる空気。とんでもない暑さのなかで、みどりの森県営球場に戻って来ました。懐かしいし、やっぱりうれしいですね」
試合前には青野雅信監督からシートノックの大役を任された。青野監督は言う。
「ウチの野球部に来てから、ずっとノッカーをやってもらっています。ノックはずいぶんとうまくなりましたよ。最初の頃なんて、キャッチャーフライも空振りばかりで(笑)」
佐賀北時代の恩師である百崎敏克(ももざき・としかつ)前監督から採用試験合格祝いにプレゼントされたノックバットを、多い日には2時間近く振り続けることもあった。また、打撃投手として1日100球以上投げることもザラだ。高校生と一緒に味わう心地いい疲労感。これこそが、副島が銀行員に別れを告げてでも手にしたかった夢空間だった。
試合中は、控え部員とともにともにスタンドで声を枯らす。福岡大時代と同じアイボリーとえんじのユニフォームも違和感はなく、最前列でメガホンを振り回す姿は、さながら現役部員のようである。
あの夏と同じ鋭い視線で青野監督の采配を学び、試合中、いろいろとシミュレーションしているという。試合中、副島が頻繁に飛ばす「練習どおりでいいから」という指示を耳にするたび、頂点を極めた野球人としての自信が蘇ってきたような気がした。
一方で、頂点を極めた者にしかわからない達観した世界もある。
「生徒たちには『勝つことがすべてじゃない』と言っています。もちろん、勝って甲子園に行くことは大事な目標ですが、どんなジャンルでもいいので高いレベルを目指して、挑戦を続けることの大切さを教えていきたいです」
副島の採用試験合格を待ち構えていたかのように、昨年秋には久保が母校の監督に就任し、優勝した夏に記録員としてベンチに入っていた真崎貴史が、杵島商の監督に就任している。これで”がばい旋風”の3人が、現役の指導者として佐賀の高校野球界に揃った。
この夏の佐賀大会では、杵島商と佐賀北が初戦敗退。唐津工は準々決勝まで勝ち進んだが、有田工に敗退。”がばい対決”は持ち越しとなったが、今後、佐賀県の高校野球を盛り上げていくことは間違いない。副島は言う。
「自分たちの原点は北高(佐賀北)にあるんです。各自、役割をまっとうすることで、自分たちは日本一になりました。生徒たちだけで考え、役割を身につけさせたいですね。そうすれば、課題を克服する能力を生徒自身が備えてくれるはずなので」
初戦の三養基(みやき)戦を9-4で勝利したあと、副島は「よかったです。『3人とも初戦負けじゃないか』と言われずにすんだので……」と笑った。再び甲子園の地に足を踏み入れることはできるのか。
副島の”がばい旋風”第2章が幕を開けた。