去年の秋でした…夜は寒さを感じるようになってきた時でした。「僕、もう辞めるべきかな…て思うんです」食事中に突然、発せられた言葉に、僕は身体が震えました。そして、気が付けば言葉が先走っていました。「佑樹、ダメだよ、それは。絶対にダメだよ。何言…
去年の秋でした…夜は寒さを感じるようになってきた時でした。
「僕、もう辞めるべきかな…て思うんです」
食事中に突然、発せられた言葉に、僕は身体が震えました。そして、気が付けば言葉が先走っていました。
「佑樹、ダメだよ、それは。絶対にダメだよ。何言ってるんだよ…」
食事の相手は、北海道日本ハムファイターズの斎藤佑樹投手でした。プロの世界に入って7年目のシーズンが終わろうとしていました。6試合に登板して1勝3敗、防御率6点台。苦しいシーズンであったことは間違いありません。ただ、プロになって勝つことが出来なかった13年も16年も、「辞める」という言葉をプライベートの場でも吐露することはありませんでした。
「辞めたい」ではなく「辞めるべき」と表現した彼。
高校時代、全盛を極め、国民的スターとなったハンカチ王子。大学でも日本一。偉大なる称号を引っ提げてプロの世界へ。ドラフト1位の黄金ルーキー。注目度には“超”がいくつ付いても可笑しくないものでした。活躍しなければ厳しい目が待っている。自分自身が、自分へ厳しい目を持っている彼にとって、自分を取り巻く状況は常に冷静に把握してきました。どんなに厳しい評価を受けようと、どんなに苦しい状況になろうと、周りの意見を飲み込み、我慢し、耐えてきました。18歳の時、初めて取材させてもらってから10年以上、後ろ向きな言葉をプライベートでも、もらすことはありませんでした。
そんな斎藤佑樹が「辞めるべき」と語った理由は何なのか。「辞めたい」という、ある種、自分の意志ではなく、「辞めるべき」という当然であるかのようにも取れる表現。取材者である僕が、偉そうに思われてもいい、嫌われてもいい、そう判断し、野球人・斎藤佑樹の「辞めるべき」という判断を覆そうと語気を強めました。
「辞めるな、絶対辞めるな。斎藤佑樹がとことん野球をやり切って、やり尽くして、歩けなくなって初めて“辞めるべき”になるんだ。辞めたらあかん」
最後は興奮もあいまって関西弁も出た記憶があります。無責任にも至極、偉そうにも聞こえる表現を彼にぶつけました。ただ、単純にあの時、斎藤佑樹が「辞めるべき」と語った表現がもの凄く怖かったことを覚えました。
あれから半年。1軍と2軍とを行ったり来たりしながらも、地道に、ひたむきに鍛錬を続ける30歳の姿がありました。
夏の甲子園・高校野球100回大会。歴史的な今夏。鎌ヶ谷で調整を続ける斎藤佑樹に話をインタビューさせて頂くことが出来ました。そこで初めて、あの時、何故、「辞めるべき」と吐露したのか。カメラの前で話してくれました。辞めるという選択をしなかった大きな理由の一つに、やはりあの延長再試合から続く、彼らしい熱き思いがありました。
「あの時からの恩返しが出来ていない」18歳の時と変わらぬ表情で答えた斎藤佑樹を目の前にし、鳥肌が立ちました。あの時、辞めるべきと語った理由、そして、今もなおプレーを続ける意味は…。
この夏、100回目を迎える甲子園大会がその理由を紐解いてくれるはずです。
(田中大貴=文)
「CRAZYATHLETES・田中大貴×斎藤佑樹 甲子園特別編」は8月3日(金)正午vol.1公開予定。(全4話)