2018年4月3日、チャンピオンズリーグ準決勝、ユベントス対レアル・マドリード。クリスティアーノ・ロナウドの見事なバイシクルシュートが決まると、トリノ・アリアンツスタジアムを埋め尽くしていたユベントスサポーターは立ち上がり、彼に惜しみ…

 2018年4月3日、チャンピオンズリーグ準決勝、ユベントス対レアル・マドリード。クリスティアーノ・ロナウドの見事なバイシクルシュートが決まると、トリノ・アリアンツスタジアムを埋め尽くしていたユベントスサポーターは立ち上がり、彼に惜しみない拍手を送った。

 相手サポーターからの思わぬ賞賛に、ロナウドは少し驚いたようにスタンドを見上げ、そして親指を立てて感謝の意を表した。このとき、彼のなかにある思いが芽生えたとしても、決して不思議ではないだろう。



トリノでユベントスファンの声援に応えるクリスティアーノ・ロナウド photo by AP/AFLO

 ロナウドは常にナンバー1でありたい人間だ。彼の行動はすべて、主役でありたいという動機に裏付けられている。今回のユベントスへの移籍も、最大の理由はそこにある。彼の目標は「サッカーの歴史で一番偉大な選手になること」。幼いころから彼の母親は、クリスティアーノにいつもそう言い聞かせてきた。

 ところが、9年目を迎えるレアル・マドリードでは、その夢を実現するのが次第に難しくなってきていた。

 彼とレアルとの契約は2022年まであった。しかし昨年11月、ロナウドは「契約を更新する気はない」という発言をして、周囲を驚かせた。これより少し前、ロナウドは代理人を通して報酬の増額を要求していた。その夏にパリ・サンジェルマン(PSG)と契約したネイマール、契約を見直したリオネル・メッシの年俸は、ロナウドより高額となっていた。

 サッカー選手にとって、報酬とはダイレクトに評価の高さを示すものである。バロンドールを連覇している自分が誰かの下につくことに、彼は我慢できなかった。しかし、レアルのフロレンティーノ・ペレス会長は彼の報酬アップを認めない。33歳のC・ロナウドはすでにピークを過ぎた選手であると、ペレス会長は考えていたからだ。

 加えて、C・ロナウドの怒りの火に油を注いだのは、そのペレス会長が「うちに来れば主役になれる」などと、ネイマールにラブコールを送ったことだ。これは彼の自尊心を大いに傷つけた。自分に払う金はなくとも、ネイマールに払う金はあるというのか、と。

 こうして彼は、キャリアの最後までプレーすると決心していたレアルから去ることを検討し始めるようになる。

 ただ、このときはまだ、シーズン直後のスピード移籍は考えていなかったかもしれない。彼の決心を促したのはジネディーヌ・ジダン監督の辞任だった。

 レアルのロッカールームは、以前からいくつかの派閥に分かれている。スペイン人グループ、ポルトガル語グループ、非ラテン語グループ……。そのなかには、反ロナウドでまとまっている一派もある。ジダンはそれをどうにかうまくまとめてきたが、もし彼がいなかったら、ロナウドを擁護してくれる存在はもういない。

 ペペもいない今、味方はマルセロとカゼミーロぐらいだ。おまけに、新たにレアルの監督に就任することになったフレン・ロペテギは、つい先日までスペイン代表監督だった人間だ。スペイン代表でもキャプテンだったセルヒオ・ラモスの力がより強固になることは、目に見えていた。

 もうひとつ、ロナウドが移籍を望んだ理由が、スペインでの脱税問題だ。何年にもわたり脱税を繰り返していたとして起訴され、5月には1880万ユーロ(約24億円)の罰金の判決を受けている。その他にもスペインメディアとの不仲があり、ことあるごとに非難されてきたロナウドは、レアルでプレーし続けることが、日に日に重荷になってきていた。

 そこで彼は探し始める。彼の望みをすべてかなえてくれるチームはどこか。バロンドールにふさわしい高額な報酬を払えて、絶対的なスターでいることができ、世界のトップに君臨できるチームはどこか。

 プレミアリーグはまずない。「マンチェスター・ユナイテッドに骨をうずめる」と言っていたのにレアルに移籍した彼は、イングランドでは裏切り者扱いだ。フランスはPSGなら世界を狙えるが、ネイマールやエディンソン・カバーニのいるチームでは、唯一のスターにはなれない。

 そこでロナウドがたどり着いた答えが、イタリア・セリエAのユベントスだった。資金は豊富で、チャイナマネーやオイルダラーではなく、オーナーは生粋のヨーロッパ人で伝統もある。国内ではリーグ7連覇を達成して記録を更新中と、圧倒的な強さを見せている。

 近年、ユベントスはチャンピオンズリーグ(CL)ではあと少しのところで優勝できていないが、それもロナウドにとっては好都合だ。彼が加入してCLで優勝すれば、その名声をより高められるというものだ。チームの旗印となるビッグスターはいないし、リーダーだったGKジャンルイジ・ブッフォンもチームを去っている。そして、忘れられないユベンティーノのスタンディングオベーション。ロナウドにとって、ユベントスはすべてが理想的だった。

 こうしてユベントスに狙いを定めると、彼はロシアに向かい、33歳になってもその力に陰りがないことをW杯で証明してみせた。それがスペイン戦のハットトリックだ。レアルには、彼らが失うものの大きさを再認識させ、ユベントスには自分の偉大さを知らしめた。「C・ロナウドは終わった、レアルから出ていくのはもう年だからだ」などとは誰にも言わせない。

 移籍金1億1200万ユーロ(約145億円)、年俸は3000万ユーロ(約40億円)、契約は2022年まで。ユベントスがロナウドと結んだ契約は、例を見ないほどゴージャスで、「33歳の選手にここまで?」という驚きの声も少なくなかった。

 だが、ユベントスが獲得したのはロナウドという選手だけではない。「クリスティアーノ・ロナウド」というひとつのブランドだ。実際、その効果はすぐに表れた。彼の移籍を発表したときから、レアルのインスタグラムのフォロワーは48時間で100万人減った。ユベントスのフォロワーは100万人増え、今では1000万人を超える。

 ユベントスのサイトにはアクセスが集中し、移籍発表後4日間は、1日に4ー5回ダウンしている。フアン・クアドラードが譲ってくれた背番号7のユニホームは、発売初日だけで世界で52万枚が売れた。

 ロナウド効果はSNSやマーケティングだけではない。彼は他の優秀な選手をひきつけることもできる。今後は誰もがロナウドの名前に惹かれ、ユベントスでプレーしたいと思うだろう。ユベントスは今、フランス代表MFポール・ポグバをほしがっているが、ロナウドとともにプレーするとなれば、ポグバもそう簡単にNOとは言わないはずだ。レアルのマルセロも、ロナウドへの別れの言葉に「また近いうち一緒に」と意味深な言葉を残している。

 ユベントスはロナウドの顔見世にビッグイベントを用意しようとしたが、ロナウド自身がそれを断り、ごくシンプルな記者会見をするにとどまった。たとえ天下のクリスティアーノ・ロナウドであっても、移籍直後から新天地で活躍するのが難しいことは、彼自身が知っている。だから過度のプレッシャーがかからないよう、できるだけ静かに移籍したかったのだ。

 エッフェル塔に名前を映し出し、鳴り物入りでPSGに移籍したネイマールは、ケガで戦線を離脱したり、CLで結果を出さないと、パッシングを受けた。その点で、ロナウドは非常に賢明だ。

 彼は知っているのだ。すでに現在のロナウド現象自体が大きなイベントであることを。そしてこの先、彼が戦うイタリアのすべてのスタジアムが、本当の顔見世の場所であることを。