世界最大の自転車レース「ツール・ド・フランス」とFIFAワールドカップの日程が重複するのは4年に一度のお決まりだが、2018年はちょっとしたハプニングがあった。 開幕地は大西洋岸――。第1ステージのスタートはノワールムーティエという島…

 世界最大の自転車レース「ツール・ド・フランス」とFIFAワールドカップの日程が重複するのは4年に一度のお決まりだが、2018年はちょっとしたハプニングがあった。

 開幕地は大西洋岸――。第1ステージのスタートはノワールムーティエという島で、干潮のときだけ通行できるパッサージュ・デュ・ゴワを通ってフランス本土に渡る。それがなんともスペクタクルなシーンで、開幕時の見ものだった。


クリス・フルームは史上5人目の

「ツール5勝」を達成できるか

 ところが、7月15日まで開催されるワールドカップと半月も重複していたのでは、興行としてマイナスが大きい。そこでいったん、設定した6月30日の開幕を1週間、後送りに。ツール・ド・フランスは7月7日を開幕とした。

 だが、1週間後となったパッサージュ・デュ・ゴワは選手たちが通過するその時間、海の底にある。主催者は潮汐(ちょうせき)表までチェックしていなかったのだ。

 結果的に出場176選手はノワールムーティエからあまり見栄えのしない砂嘴(さし)の県道を通って、フランス一周の旅を始めることになった。

 ツール・ド・フランスは23日間かけて、真夏のフランスを一周する壮大なスポーツイベントだ。そのルートには、アルプス山脈やピレネー山脈といった難関が立ちはだかる。総距離3351kmを走破した選手たちは、7月29日にパリ・シャンゼリゼに凱旋する。第105回大会は、チーム・スカイのクリス・フルーム(イギリス)が歴代最多タイの5勝目に挑むのが最大の注目どころだ。

 ツールの最多総合優勝記録は「5勝」。自転車界の伝説的な選手ばかり4人(ジャック・アンクティル、エディ・メルクス、ベルナール・イノー、ミゲル・インデュライン)が仲よく並んでいる。かつて大会を7連覇したランス・アームストロングというアメリカ選手がいたが、ドーピング違反によって全成績が抹消されている。「やはりツール・ド・フランスの最多勝は『5』じゃなくちゃダメだ」というフランス人記者のまことしやかな会話を聞いたこともある。

「間違いなく、僕のキャリアのなかでもっとも困難な挑戦になる。未知の領域に突入することになるが、この美しいレースを愛しているので、最後まで全力を尽くしたい」とフルーム。すでに5月のジロ・デ・イタリアを逆転で優勝し、1ヵ月の調整を経て臨んできた。

 ところが、大会直前は混乱を極めた。ツール・ド・フランス主催者が「フルームの出場を認めない」という通知をチームに郵送したことが報じられたからだ。2017年9月、ブエルタ・ア・エスパーニャ期間中のアンチドーピングコントロールで、ぜんそく薬のサルブタモールが許容量を超えて検出されたことを理由に、「大会の権威を守るため」という国際規定を掲げてフルームの締め出しを図った。

 ぜんそく薬のサルブタモールそのものは禁止薬物ではなく、フルームも持病のぜんそく治療のために服用することは事前に申請していた。問題なのは基準値を超えた服用量で、主催者はその点を指摘したのだ。

 昨年9月に基準値超えが発覚すると、国際自転車競技連合はアンチドーピング規則に準じて、ただちに懲戒手続きを発動。フルームに正当な理由と、その証明の提出を求めた。

 アンチドーピング法廷にそれらの証拠は集められ、WADA(世界アンチドーピング機構)による審議と専門家の意見が求められた。そして、ツール・ド・フランス開幕5日前になって、「フルームの服用はルール上、問題ない範囲での行為である」という結論になった。

 その結果、主催者はフルームを排除できる理由がなくなり、フルームは晴れてスタートラインに並ぶことができた。ただし、大会5勝目の道は決して容易ではないことを、フルームは再確認したことだろう。

 23日間で行なわれる大会は開幕から9日間を終えて、最初の休息日をアルプス直下のアヌシーで過ごした。総合1位のマイヨ・ジョーヌを着るのは、BMCレーシングのグレッグ・ヴァン・アーヴェルマート(ベルギー)だ。

 しかしチームにとっては、総合優勝を狙ってエースに起用していたリッチー・ポート(オーストラリア)が落車によって鎖骨骨折し、大会をリタイアしたことがかなり痛い。ヴァン・アーヴェルマートはリオ五輪・個人ロードレース種目の金メダリストだが、ワンデーレースには強いものの、本格的な山岳をこなして総合優勝を目指すタイプではない。

 フルームは途中で複数回の落車に見舞われたものの、大きなケガはなく1分42秒遅れの総合8位で序盤戦を折り返した。他のライバルたちも、ポートを除いてなんとか序盤戦をクリアし、首位の見える位置につけている。

 ツール・ド・フランスの前半はいつものように、平坦路でのゴール勝負がメインとなり、総合優勝を争う選手たちはひたすらトラブルのないよう、チームメイトに援護を受けながらゴールする。そして一転して、勝負どころのアルプスでそれまで秘めていたパワーを爆発させる。

 したたかな戦いは、これからの山場で繰り広げられるだろう。アルプス、中央山塊、そしてピレネーと舞台を変え、選ばれし男たちはパリ・シャンゼリゼを目指す――。