7月11日、モスクワ・ルジニキスタジアム。ロシアW杯準決勝、クロアチアはイングランドを延長戦の末に2-1で下し、同国史上初の決勝進出を果たしている。その中心にいたのが、ルカ・モドリッチ(レアル・マドリード)だった。イングランド戦でも味…
7月11日、モスクワ・ルジニキスタジアム。ロシアW杯準決勝、クロアチアはイングランドを延長戦の末に2-1で下し、同国史上初の決勝進出を果たしている。その中心にいたのが、ルカ・モドリッチ(レアル・マドリード)だった。
イングランド戦でも味方を鼓舞し続けたクロアチア主将ルカ・モドリッチ
後半38分の何気ないプレーに、モドリッチの非凡さが出ていた。右タッチライン沿いでボールをキープしながら、するすると前に運んでいく。サイドで幅と深みを同時に作り出すことで、中央でフリーになったマルセロ・ブロゾビッチへパス。さらに前で動き出したマリオ・マンジュキッチへパスがつながって、チームとしてシュートまで持ち込んでいる。
おそらくモドリッチは、イングランドの左サイドでアシュリー・ヤングの足が止まりかけているのを見抜いたのだろう。その前後の時間帯は右サイドに活発に流れ、次々にチャンスを生み出していた。敵を手玉に取り、味方を生かす、利発さを感じさせるプレーメイキングだった。
「モドリッチはクロアチアにとって、とても重要な選手で、リズムを作り出せる。キャプテンとして人間性も持っているしね。バルサでレオ(リオネル・メッシ)と一緒にプレーするときも同じだが、とても誇らしい気分になるよ」
クロアチア代表MFでバルセロナに所属するイヴァン・ラキティッチは、モドリッチについてそう語っている。ボールプレーのうまさだけだったら、ラキティッチもモドリッチに匹敵する。しかし、プレーの渦を作り出す”深淵”においては敵わない。
「モドリッチはレアル・マドリードでチャンピオンズリーグを3連覇しており、ロシアW杯ではクリスティアーノ・ロナウドもメッシも不発だった。2018年のバロンドールに最も近い」
そんな絶賛の声は日々、高まっている。
では、痩身で小柄なMFの本性とは――。
モドリッチは5、6歳の頃、1991年に起こった旧ユーゴスラビア紛争に巻き込まれている。激しい内戦で、モドリッチはゲリラに捕縛された祖父が殺されるのを、その目で見たという。
その後、家族は村を出て、森を抜け、山を越え、町に落ち延びた。新しい家を探したが見つからず、難民が暮らすホテルに仮住まいするようになった。そこで難民の子供たちと、サッカーボールを蹴るようになった。
少年の才能は際立っていた。やがて地元クラブでプレーするようになり、大成する。
「ルカは幼少期に、一番辛い時期を乗り越えた。だから、ピッチでも苦しい状況を好転させることができるのだ」
そんな言い方をする関係者もいるが、モドリッチのプレーに悲壮感はない。
「避難した後も大変なことが起きているとは、実はわからなかった」と、モドリッチは当時を回顧している。両親が息子を、できる限り戦火を感じさせない環境に置こうとしたのだ。
そしてモドリッチは、サッカープレーヤーとしての才能をひたすら純粋に伸ばすことができた。その天性のおかげで、絶対的な選手になった。故ヨハン・クライフは「ストリートが真のフットボーラーを生み出す」という持論の持ち主だったが、避難所でボールに集中する日々が、図らずも野生的な直感を鍛えたのかもしれない。
それが冒頭に記したように、相手のどこが弱く、味方のどこが強いか、瞬時に見抜く異能と結びついている。薄っぺらなうまさではない。猛禽類的な苛烈さとでもいうのだろうか。優しそうな顔をしているが、芯は強い。
「どこと戦うにせよ、尊敬の念を失うべきではないと思う。(試合前に)イングランドのメディアは、自分たちをこき下ろし、あることないことを書き立てていた。自分たちが偉大なチームであることを証明する必要があった」
準決勝後、モドリッチはそう洩らしている。延長戦に入る前、モドリッチは接触プレーや疲労で、ほぼ走れない状況になっていた。戦う気持ちだけで、勝負を決めるまでは立ち続け、延長後半に1点をリードすると、チームメイトに後を託すようにピッチを去った。
「我々は終盤が近づくにつれて、体が動くようになった。疲れているはずだったが、それを見せていない。誇り高い試合をした」
モドリッチはそう言って、仲間たちの健闘をたたえている。しかし、その戦いを先導したのはキャプテンだった。
「敗因? 我々にはモドリッチがいなかった」
そう語ったのは、決勝トーナメント1回戦で対戦したデンマークの選手だったか。苦しいとき、そこにはモドリッチが必ずいた。それがクロアチアの強さだ。
クロアチアは決勝トーナメントに入ってから、3試合連続で延長戦を戦っている。もはや満身創痍に近い。新しいエース候補だったFWニコラ・カリニッチはナイジェリア戦で交代出場を拒み、代表から外れている。決勝のフランス戦は、日程的にもかなり不利(1日休養が少ない)な条件に置かれている。
それでも、彼らにはモドリッチがいる。
「バロンドール? 自分の願いは、クロアチアの選手としてトロフィーを掲げることだけだよ。優勝したら、選手みんなで髪を染めることになっているんだ」
そう語るモドリッチは、子供の頃にボールを蹴っていた純粋さを失っていないように見えた。それこそが彼の本性であるのかもしれない。