遺伝子~鹿島アントラーズ 絶対勝利の哲学~(20)遠藤康 後編前編から読む>> 7月11日天皇杯3回戦対町田ゼルビア戦を5-1で勝利した鹿島アントラーズ。7月4日に実施したコンサドーレ札幌との練習試合でも5-1と快勝している。J1前半戦…

遺伝子~鹿島アントラーズ 絶対勝利の哲学~(20)
遠藤康 後編

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 7月11日天皇杯3回戦対町田ゼルビア戦を5-1で勝利した鹿島アントラーズ。7月4日に実施したコンサドーレ札幌との練習試合でも5-1と快勝している。J1前半戦15試合で12得点しか挙げられなかったチームは、「ビルドアップからポゼッション、フィニッシュまで、意図を持った攻撃の構築をしていくことに取り組んできた。ボールを奪われたあとの切り替え、攻撃のためにボールを奪い返すことにフォーカスした」と大岩剛監督が話す中断期のキャンプを経て変化の兆しを感じさせてくれる。 



先発定着まで長い時間を経たからこその忠誠心がある

 そんななか遠藤康、そして内田篤人が町田戦の成果として、途中出場した田中稔也(としや)について言及した。

「トシとか、若い選手が出てきて、それが一番。毎日頑張っている選手が試合に出てくるのは、チームにとって大事なこと。いい競争が生まれ、チームとしても強くなれるのかなと」(遠藤)

「個人的にはトシ。常にテンション高く、練習をやっている選手。今日、結果は出なかったけど、ああいう選手が活躍する……しなくちゃいけない。俺らも(活躍)させなくちゃいけない。あいつは頑張っている。誰が見てもね。だから、トシみたいな選手は成功してほしい。チャンスを掴んでほしい」(内田)

 20歳の田中だけではない。19歳の安部裕葵(ひろき)は先発し、22歳の鈴木優磨は2得点を決めている。そして、今季移籍加入した23歳の安西幸輝のコメントは頼もしい。

「今までも勝ちたいという気持ちでプレーしていたけれど、鹿島の選手たちが持つ『勝たなくてはいけない』という強い使命感を僕も持って毎日やっている。うまくいくこともあるけれど、練習ひとつひとつで悩むこともあります。1個1個勉強しながら。もっとこのチームと自分がシンクロできるようにしたい」

 7月12日には植田直通のベルギーリーグ1部セルクル・ブルージュKSVへの移籍が発表された。

 リーグ戦だけでなく、ルヴァンカップ、天皇杯、そしてACLと前半戦以上の過密日程が予想される鹿島。シーズン後半戦も総力戦が続くだけに、若手の勢いがチームを勢いづけるに違いない。

 鹿島アントラーズのクラブハウスには、応接室やミーティングルームなどと並んで、対戦相手と交換した数々のペナントや優勝したときの集合写真が数多く飾られた部屋がある。そこはよく取材場所としても使用されるのだが、「クラブハウスに飾られたタイトル獲得時の集合写真を目にすると、自然と優勝しなければならないクラブの一員という自覚が生まれる」と岩政大樹さんが話していた。

「僕の映ってる写真って少ないんじゃないかなぁ」

 遠藤はその部屋をぐるりと見渡して、静かにそう言った。

 今やゲームキャプテンを務める機会も増えた遠藤康。2007年の鹿島アントラーズ加入後、最初の3シーズンで出場したリーグ戦はわずかに4試合。それでも諦めることなく鹿島での試合出場にこだわったのは、彼の忠誠心の強さにほかならない。鹿島一筋12年目を迎えた遠藤は「まだまだ上の人がいるから」と笑った。

――試合に出られない時期が選手としての土台作りとして重要な経験になったと話されていましたが、それでも数年間試合に出られないとなれば、移籍を考えることはなかったのでしょうか?

「人それぞれの考え方があるので、出場機会を求めて移籍をする選手を責めるつもりはないし、それはプロとして当然な決断だとは思います。ただ、『鹿島で試合に出られないなら、移籍する』というのは、僕にとっては逃げることになるので、それはしたくはなかった。もちろん、クラブから必要ないよと言われれば別ですが、鹿島からオファーを頂けるのであれば、鹿島以外でプレーしたいとは思わなかったですね。なぜオファーをもらえたのかわからないですけど(笑)。鹿島の強化部は練習もちゃんと見てくれる。だから、僕に限らず、試合に出ていなくても、練習もキチンと評価してくれているんだと思います。そういう環境だったのはありがたいですね」



 

――必要と言われているのなら、鹿島で。

「そうです。他のチームへ行って、試合に出てもなぁ……と思う頑固な自分がいましたね。『絶対に鹿島で試合に出てやる』って思っていました」

――それはクラブへの忠誠心なのでしょうか?

「忠誠心ですかね?(照れ笑)。僕は1年目でリーグ優勝を見ているので……」

――3連覇の1年目ですね。

「そうです。でも僕はその3年間ほとんど試合には出ていない。だから、優勝の瞬間をスタンドやピッチの脇で見ていたし、クラブハウスでこういう写真(集合写真)を見ると、試合に出て、僕もこの喜びを分かち合いたいという想いがずっとあったんです。だから、移籍できなかったんだと思う。選手の価値というのは、年俸や試合出場数などいろいろあると思います。でも、優勝できる、タイトルを手にできるというのもまた、本当に限られた選手だけが経験できること。鹿島を出て、そのチャンスを自ら逃すというのは、悪い選択なんじゃないのかと僕は思うんです」

――たとえ、今は苦しくても、タイトルを手にできる可能性のあるクラブにいることの意味を感じていたんですね。タイトルがチームにもたらす影響の大きさを物語るエピソードですね。

「今の若手にも当時の僕のように『鹿島で優勝を経験したい』と言っている選手はいます。そういう気持ちが成長のきっかけになる。だからこそ、僕らは優勝しなくちゃいけない。そうすれば、試合に出ていない選手が『どんなに苦しくてももっと頑張ろう』と奮起してくれると信じている」

ーーなぜ、鹿島はこれほどのタイトルを手にすることができたのでしょうか?

「勝利への執念や執着心も大事だと思うけれど、『大事なのはこれです』という答えがわかっていれば、苦労しないので(笑)。それにほかのクラブのことを僕は知らないから、比較もできないんですが、選手みんなが思っていることを言い合って、それをまとめながら、選手みんながバランスよく、自分の果たすべき役割をまっとうするというのが、勝利への近道なのかなと思います」

――納得するまで話し合うの?

「いや、そんなに時間はないので(笑)。でも、やっぱり勝ちたいという気持ちはみんな一緒だから。バラバラになることもないですよ。チームがひとつになるには、ああだこうだいろいろ言う人、みんなを同じ方向へ向かせる人、さまざまなタイプの人間がいないとダメだとも思うんです。自分のプレーに専念する人もいれば、目立たないけれど、チームのために徹してプレーする選手もいる。

 僕はそういう選手のほうが評価できると思うし、しかもそれを続けられるというのは本当にすごいことなんだけれど、鹿島にはそういう選手が多いと思います。スタメンにもいるし、ベンチにもいるし、試合に出ていない人にもそういう選手はいる。チームが勝つために自分が何をするのか、そういう気づかいを持った選手が多いのかなぁと」

――ここ数シーズンは、ゲームキャプテンを務める試合も増えました。

「年功序列でしょう(笑)。鹿島在籍年数が長いから。でも、考えてみたら上の人たちを見ていると移籍したいなんて思えない。(小笠原)満男さんやソガ(曽ヶ端準)さんの下でやるのが、すごく楽しいし、自分のためにもなる。人間的にもあの人たちみたいになりたいと思っている。そういう先輩がいることも鹿島でプレーする魅力なんですよね」

――曽ヶ端選手の魅力とは?

「ぶれないことですね(即答)。頑固。誰よりも頑固だと思いますよ。満男さんよりも(笑)。ソガさんのすごいところは、試合に出ている出ていないに関係なく、やること、練習に対するモチベーションが変わらないこと。俺には無理ですよ。サッカー選手である以上、気持ちが落ちることだってあるはず。それを他の人に感じさせないことは大事だと思っています。ソガさんや満男さんはそういう人なんです。家では愚痴を言ったりしているのかもしれないけど(笑)。自分の立場ややるべきことを理解しているから、落ちた姿を一切僕らに見せることがない」

――小笠原選手の凄さとは?

「あの人はサッカー選手としてもすごいけれど、人間的にやっぱり素晴らしい人ですごい人なんです。温かいし。人を引き付ける力を持っている。それは人間的な深みや魅力が満男さんのプレーにも表れている。最近、この年(30歳)になって強く思うのは、サッカーにはその選手の人間性がすごく出るんだなということ。軽いプレーをする選手は人間としての軽さがあるし、たとえ軽くてもぶれの無い強さをもった人はそういうプレーになる」

――今季、なかなか勝てなかったなかで、一勝できた名古屋戦後、小笠原選手が『たかが一勝』と言っていたのですが、本当に純粋だと思いました。

「満男さんはたくさん優勝を経験している。満男さんはその『たかが一勝』のためにあらゆることを考え、全力で頑張る。だけど、このチームにいる限り、1回1回、『よし勝ちました!』というふうには言ってはいられない。次の試合も勝たなくちゃいけないから」

――遠藤選手はそういう小笠原選手の跡を継ぐというイメージはありますか?

「ないです。跡は継がない。小笠原満男は小笠原満男だけだから」

――遠藤選手自身が手にしたタイトルの数って覚えていますか?

「少ないと思っていても、10個くらいはタイトルを獲っているのかなぁ……自分では数えたりしないものだからね。また次も、また今年もと、獲りたくなる。チームは1年1年選手の入れ替えもあるから、このメンバーであの雰囲気を味わいたいという気持ちになる。それは試合に出ている選手ではなくて、試合に出られない選手も含めて、このチームでってこと。試合に出られない選手のなかには、自分を抑えて、やっている人がいるかもしれない。でも、そうさせるのが鹿島なのかなとも思うんです。鹿島から出た選手のなかには、『戻りたい』と言ってくれる選手も少なくないし。そこは本当にうれしい。僕自身も鹿島に求めてもらえる間は、ここで力を尽くしたいと思っています」