2013年に「学生野球資格回復制度」が改正されて以降、プロ野球経験者は計3日間の研修を受講することで学生野球への現…

 2013年に「学生野球資格回復制度」が改正されて以降、プロ野球経験者は計3日間の研修を受講することで学生野球への現場復帰が可能となった。これにより元プロの高校野球指導者は年々増加の一途を辿っている。

 九州国際大付(福岡)で2度の甲子園出場を果たした楠城徹、昨年夏の甲子園でベスト4入りした天理(奈良)の中村良二など、この制度改正後に資格を回復した指導者が続々と甲子園の土を踏み、結果を出している。

 ここで紹介する高校野球の監督も元プロだ。ただし、これまでの元プロ監督とはひと味違う。なにより現役時代の成績がズバ抜けており、引退後はプロや社会人チームでコーチ、監督を経験。昨年も福岡ソフトバンクホークスの三軍監督を務めていた実績十分の大物である。



今年1月、鹿児島城西の野球部監督に就任した佐々木誠

 佐々木誠――80年代から90年代にかけて南海、ダイエー(現・ソフトバンク)、西武などで活躍。91年から2年連続最多安打を記録し、92年には首位打者と盗塁王を獲得した。西武に移籍した94年にも自身2度目の盗塁王に輝くなど、「打ってよし、走ってよし、守ってよし」の三拍子揃ったスーパープレーヤーで、当時「メジャーに最も近い男」と称された。

 プロでこれだけの実績を残した佐々木が、今年1月1日付けで妻の地元に程近い鹿児島城西高校の野球部監督に就任した。同校は、現在開催中のサッカーW杯ロシア大会で活躍した日本代表の大迫勇也の母校でもある。

「野球人として、いつかやってみたいと思っていました。ただ、やりたいからといってできる仕事でもないですし……。しかも学校組織のなかに入って、授業もやりながら野球部も見るという、学生野球の本分も経験させてもらっている。これは非常にありがたいですね」

 練習時間は「量よりも中身」を重視し、平日、休日ともに約5時間。決して限られた時間というわけではなく、佐々木にとってはあくまで「必要な5時間」なのだ。

 就任早々、打撃重視のチームづくりを行なってきた。ここでもただ量をこなすのではなく、制限時間を設けて集中力を高めることに重きを置いてきた。

 現役時代は球界を代表するバットマンであり、コーチも務めたほどの人物。選手たちは「ピンポイントで与えてくれるアドバイスがすぐに効果を発揮するからすごい」と目を丸くする。だが、佐々木は言う。

「練習で高めた意識、集中力を持ってネクストバッターズサークルへと向かう。いろいろ形を気にするのはネクストまでです。打席に入ってしまえば形うんぬんは気にしていられない。そこは何も考えず、フルスイングするだけ」

 形よりも心構えを説いている感もある。これも佐々木が目指す野球なのだろう。

 佐々木は社会人野球の指導経験もあり、2008年から3シーズンはセガサミーを率いて都市対抗2回、日本選手権1回の出場を果たし、2012年から2シーズン指揮を執ったNTT西日本でもチームを都市対抗へと導いている。

 そのとき痛感したのが、アマチュア選手を指導することの難しさだった。

「特に学生野球の指導は、本当の指導スキルがないと難しいと思います。去年まで指導していたプロの三軍選手や社会人野球の選手であれば、ある程度はこちらの期待通りに動いてくれる。でも今度の相手は高校生ですからね。考え通りに事が進むはずがありません。

 できないことが当たり前と思って指導していかないと、2年ちょっとという限られた時間のなかで力を伸ばしてやることはできない。『オレはこうだった』というスタンスで接すると、それはもうエライ目にあいますよ」

 佐々木にとって初となる夏の采配、鹿児島城西の初戦は7月9日の奄美戦となる。もし順当に勝ち上がれば、ベスト16で第1シードの鹿児島実業と対戦する可能性もある。

「夏が近づいてきたという高ぶりよりも、信頼している選手たちがどんな野球を実践してくれるのだろうかという思いの方が強いですね。こんな心境でいいのかな……。とにかく初めてなのでわからないことだらけ(笑)」

 監督就任にあたり、学校側から「生徒の私生活や授業態度も知ってほしい」と言われ、体育教師として週10時間の授業を受け持っている。野球部以外の生徒とも触れ合う時間は多く、「学校生活のなかで『先生』と声をかけられることにも、ようやく慣れてきました」と笑う。

 日本の野球の最高峰であるNPBで首位打者を獲得した男が選んだ高校野球の監督という道。いよいよ甲子園への一歩が記される。