60年ぶりにアッズーリ(イタリア代表)のいないW杯を過ごしているイタリア。 昨年の11月に欧州予選プレーオフで敗退したときは「世界の終わり」と嘆き、「来年の夏、W杯は見ない!」と叫んでいたが、なんだかんだと言ってもサッカーが好きな国民…

 60年ぶりにアッズーリ(イタリア代表)のいないW杯を過ごしているイタリア。

 昨年の11月に欧州予選プレーオフで敗退したときは「世界の終わり」と嘆き、「来年の夏、W杯は見ない!」と叫んでいたが、なんだかんだと言ってもサッカーが好きな国民性。世界的サッカーの祭典を無視することは不可能なようだ。試合のテレビ視聴率も予想を大きく超えて好調で、ここまでの最高視聴率は、なんと日本対ベルギー戦の38%。実に800万人が試合を見たことになる。

 それにしても、イタリア人はどんな思いでW杯を見ているのだろうか?

 自国がW杯に出ているときは、やはり自分のチームばかりに目がいくものだ。特にイタリアは、サッカーとなると国民すべてが監督や評論家になると言われる国。大会中はどこへ行ってもアッズーリについて口角泡を飛ばす姿がみられる。だが、今回はイタリアがいないおかげで、人々は胃がキリキリするような思いもせず、リラックスして純粋にサッカーというスポーツを楽しむことができている。



イタリア人の一番人気は、初戦でアルゼンチンを苦しめたアイスランド

 もちろん、ニュートラルというのは不可能なイタリア人だから、それぞれがお気に入りのチームを見つけ出して応援している。なかでも一番人気だったのはアイスランド。人口33万人の小国の頑張りは驚くばかりだし、なにより勝利してもイタリア人のプライドに傷はつかない。

 また、日本も意外に人気チームで、その大きな理由がアニメにある。子供の頃から日本のアニメを見て育ってきたイタリア人が、やはりサムライブルーを見て思い浮かべるのはあの作品。「リアル”キャプテン翼”が見られるのはすごい!」「ああ、ベンジ(若林)が守っていたなら!」などの声が多かった。

 反対に、強豪国に対しては反発の気持ちが強い。イタリアは世界に8カ国しかないW杯優勝経験国のひとつ。優勝回数はブラジル(5回)に次ぐ4回で、ドイツとタイの2位だ。ブラジルにはこれ以上引き離されたくないし、ドイツには絶対に追い抜かれたくないという思いが強い。

 イタリアでは「優勝する!」などと、はっきり言葉にしてしまうと、その願いがかなわなくなるというジンクスがある。だからふだんから選手や監督に抱負を尋ねても、絶対に目標を明言したりしない。それを逆手にとって、SNS上には「アルゼンチン優勝!」「ドイツ優勝!」などの呪いの文字が並んだ。

 呪いが効いたからかどうかはわからないが、今回のW杯は番狂わせが多い。ドイツ、アルゼンチン、スペイン、ポルトガルといった強豪国が早々に姿を消していくことは、イタリア人にとってはかなり溜飲が下がる出来事だった。つまり、「なーんだ、俺たちだけじゃないじゃないか」というわけだ。

 なかでも一番盛り上がったのは、ドイツのグループリーグでの敗退だ。

 あの夜のイタリアはかなり沸き上がった。一般的に近隣の国に対してはライバル意識を強く持つもので、サッカーだけに限らずイタリア人はドイツが嫌いだが(ちなみに同じ理由からフランスも嫌い)、なによりイタリアが予選敗退をしたときのドイツのリアクションが、イタリア人の癇(かん)に障るものだった。

 ドイツ各紙は一面に「アリヴェデルチ(イタリア語でさよなら)、イタリア」の大見出しを載せ、元ドイツ代表のミヒャエル・バラックは自身のTwitterに「イタリアのご冥福をお祈りします」と載せ、バスティアン・シュバインシュタイガーはアメリカのテレビ局のインタビューに「W杯の優勝候補はイタリアかオランダ」と、ニヤニヤしながら答えていた。

 ドイツが韓国に負けた翌日、イタリアの新聞はこぞって「アウフヴィーダーゼン(ドイツ語でさよなら)、ドイツ」とやり返した。

 イタリアをプレーオフで破った張本人スウェーデンに関しては複雑な思いがあるようだ。憎い相手ではあるので、面と向かって応援はしないが、彼らがベスト8に勝ち進んだことには、多少の慰めも得ている。

「別に俺たちは、どこの馬の骨ともわからない弱小チームに負けたわけではないのだ」「スウェーデンが優勝したら、イタリアは2位ってこと?」「(ジャンピエロ・)ヴェントゥーラ(敗退後に解任された代表監督)に謝らないと!」……決勝トーナメント1回戦で消えたスペインに、予選で3-0と大敗したことは、すっかり忘れているようだ。

 もうひとつ、イタリアらしいW杯の見方がある。それは自分の町のクラブチームに所属する選手を応援することだ。

 イタリアが統一されたのは今からほんの100年ちょっと前の話。それまではミラノもローマもフィレンツェもナポリも別の国だった。だからだろうか、今でも国よりも自分の町への帰属意識が強い。1990年のイタリアW杯準決勝で、イタリアとアルゼンチンがナポリで対戦した際、多くのナポレターノが我が町のヒーロー、ディエゴ・マラドーナのいるアルゼンチンを応援したのは有名な話だ。

 今回のW杯では58人のセリエAの選手がプレーしている。1番多いのがポーランドの9人。次いでクロアチアの6人。アルゼンチン、スイス、ウルグアイがそれぞれ5人。思い入れのある選手の姿がW杯で見られるのは救いになっている。

 それでも、ふと我に返ると、やはりアッズーリのユニホームを応援できないことは寂しい。そんな寂しさを紛らわすためか、深夜のテレビ番組では、これまでのW杯の記録映画や過去のイタリア代表の試合が、ひっそりと再放送されている。