幕張に小雨が降る6月23日の昼すぎ、練習を終えてZOZOマリンスタジアムのクラブハウスに戻ろうとする菊池雄星の周り…
幕張に小雨が降る6月23日の昼すぎ、練習を終えてZOZOマリンスタジアムのクラブハウスに戻ろうとする菊池雄星の周りに、記者たちの輪ができた。登板翌日、先発投手が取材陣に囲まれることは珍しい。

今季8勝目を挙げて絶好調の菊池雄星
前日、ロッテ戦に先発して7回無失点で今季8勝目を挙げた西武のエースは、ある問いかけを残していた。
「フォームを試行錯誤して、6回からかなり変えました。どの辺? 映像で見てもらえればいいと思います」
筆者を含め、映像を見ても変化をわからなかった記者たちが翌日、答えを求めて集まったのだろう。
「わからないくらいの微妙なところでやっているということです」
暗に解答を求めた記者を、菊池はイタズラな笑みを浮かべて焦らした。前日、「気持ちよく腕が触れるところ」と話していたことから推測すると、腕を振る角度を変えたのだろうか――。
「去年と比べて今年は9センチくらいリリースポイントが上がっていたんですね。それを前回(6月15日の中日戦)、そこから3センチくらい下に戻して。これから(データが)アップデートされると思うんですけど、昨日(22日のロッテ戦)の6、7回はたぶん去年と一緒くらいのところで投げていると思います。そこが一番、『腕が振られる場所』なのかなという感覚はありました」
ロッテ戦の6回、菊池のストレートは目に見えて力強さを増した。試合序盤は142キロを計測することもあったが、この回は150キロと唸(うな)りをあげる。通常、マウンドを降りる直前のイニングでは力をフルスロットルに開放し、その日の最速を記録することが菊池にとって珍しくない一方、ロッテ戦の6回は決してギアを上げたわけではないという。
約10センチの微差に菊池が気づいたのは、6月8日の巨人戦に投げた後だった。
データを確認すると、リリースポイントの高さがわずかに上がっている。前年と同じ投げ方に戻せばストレートの威力が上がることは想像に難(かた)くなかったが、15日の中日戦は僅差の展開だったためにリスクを冒さなかった。それから1週間後、22日のロッテ戦でリードが3点から5点に広がった6回に試すと、予想どおりのボールが放たれた。
「基本、身体の軸をどこに持っていくかという話なので。その角度を縦ではなく、少し斜めに修正すればいい。『腕を下げる』という意識より、側屈(そっくつ)角次第です」
側屈とは、下半身に対して上半身を真横に傾けることだ。この角度をどうするかが、投球動作では重要だと菊池は言う。
ポイントは「腕を振る」ではなく、「腕が振られる」という表現にある。
「側屈角が上がって腕が上がるのはいいんですけど、それが上がらずに腕だけが上がるとしたら、(肩や肘への)負担になってしまう。(今季序盤は)側屈角がそんなに出ていないのに腕だけ上がっていたので、(上半身単独で)腕を振るしかなくなっていました」
側屈角の違いによるリリースの微差は、わずか10センチ。ロッテ戦後にデータを確認すると、菊池の感覚は正しかった。
「高さというより、腕を振る位置が身体から少し離れていました。10センチくらいですね」
ロッテ戦の6回以降は、腕を振る位置が適度に身体から離れたことで、腕の角度が下がった結果、”腕が振られる場所”からリリースされて自身の求めるボールを投げることができた。こうした感覚にたどり着いた裏には、昨季途中に導入されたテクノロジーがある。
「何センチという差はビデオでは当然わからないので、『トラックマン』をうまく活用して今シーズンはやっています」
「トラックマン=高性能弾道測定器」は日本球界でもすっかり浸透し、現在は広島を除く11球団が本拠地に導入している。このテクノロジーにより、打者や投手のさまざまな感覚が可視化されるようになった。たとえば、昨季メジャーリーグで吹き荒れた「フライボール革命」では、打球角度30度前後、打球速度158キロ以上の場合に打球が飛びやすいと証明され、本塁打数が激増した。
「データを活用して成長できない選手は、淘汰(とうた)されていく時代になると思います」
昨年12月に行なわれた『スポーツアナリティクスジャパン2017』の「野球データ革命がもたらすもの」というセッションで、解説者の小宮山悟氏はそう語った。実際、菊池を見ていると、データリテラシーの重要性がよくわかる。
「結果が出ないときっていろんなことに手を出したくなるんですけど、自分の調子が悪くなるときは、この数字が落ちるとか、リリースポイントが後ろになってしまうとか、トラックマンを見ればわかります。だから、迷う要素がひとつ、ふたつ減るのが一番大きいと思いますね」
菊池は試合が終わるたび、トラックマンのデータを専門家と一緒に分析し、普段の調整に活かしている。それが、防御率を5月4日時点の3.86からロッテ戦後に2.57まで改善させた背景にある。
そして今、取り組もうとしているのがカーブのアップデートだ。現状は121キロ前後だが、あと3、4キロ速くしたいと言う。
「ストレートの球速が100%だとしたら、スライダーは92%くらい、カーブは70%前後が空振りゾーンで、それ以上遅くなると当てられるというデータがあって、照らし合わせながらやっています。統計でしかないですけど、実際、空振りを取れているカーブは、それに近いパーセンテージのところで推移しています」
菊池にとって「第3の球種」という位置づけのカーブは、今季、投球におけるウエイトが高まった。昨季までは「カーブが甘く入って打たれたら後悔する」と信頼度が低かったが、今季は意識的に考え方を変えたからだ。
「去年は相手が真っすぐ、スライダーとわかっていても、真っすぐ、スライダーを投げていたんですけど、今年はそういうときにカーブを投げて救われています。春先、肩の調子がよくなかったからこそ、カーブを投げないと抑えられないところで去年以上にカーブの割合が増えていって、いつの間にかいいカーブになっていました」
オープン戦の時期の寝違えで調整が遅れた今季序盤、ストレートとスライダーを思うように操れないなか、頼りになったのがカーブだった。球種の掛け合わせは実に興味深く、カーブを最大限に活かすため、ストレートの質をあえて理想より下にとどめていた。
「どのピッチャーもそうだと思うんですけど、僕の場合はカーブの腕の位置は真っすぐより3センチくらい上がります。今年はカーブで抑えていた試合が多かったので、(使える球種から)消えるのが嫌で、(側屈角を)変えませんでした。でも昨日(22日のロッテ戦)の6、7回に投げた感じだと、真っすぐもカーブもきれいに投げられました」
一般的に、カーブは親指と中指(人差し指は中指に添えるイメージ)の間から抜きながら縦回転をかけるため、腕を上から振るような感覚で投げる。その角度が下がると、変化量が落ちて甘い球になりやすい。そのリスクを避けるため、菊池はストレートの質にはある程度、目をつぶっていた。
しかし、5月上旬から二軍で調整してコンディションや感覚が上向き、6月1日に一軍昇格後は理想の投げ方ができるようになってきた。そこで、今はカーブを改良し、勝負球にも使えるようにしたいと目論んでいる。
「カーブって紙一重の球です。ランナー三塁でバットに当てられてしまうと、サード線にコンコンコンって転がって1点とかもありますから。そういうリスクが一番少ないのは空振りなので、それを取れるところまで持っていきたい。
本当はナックルカーブみたいに(人差し指で)弾けばスピンも効いて速くなるんでしょうけど、今はいい感覚なので握りを変えるのは難しい。カウントを取るときはゆっくり、三振を取るときは思い切り振るという感じで投げているので、常に思い切り振る感覚にしていければ空振りをとれると思います」
球種の掛け合わせと同様、データは感覚と適切にマッチさせることで効果覿面(てきめん)になる。球界でもっともデータ活用が進んでいる某球団の関係者は、「トラックマンは所詮プロセス。ITを入れれば勝てるわけではなく、コミュニケーションの手段でしかない」と話していた。
データはあくまで、過去の蓄積だ。過去の傾向を妄信的に信頼すると、現在の感覚との乖離(かいり)から落とし穴にハマる可能性がある。
しかし、過去の蓄積である統計は、絶対的な事実の積み重ねといえる。過去の傾向から対策を導き出し、現在の感覚をうまく結びつければ、未来の答えの輪郭が見えてくる。
データ×感覚――。両者の絶妙な掛け合わせにより、選手のパフォーマンスは大きく左右される時代になった。データで解析できる領域が増えているからこそ、「巧みな活用=コミュニケーション」を深めた者たちは、熟れた果実を手にすることができる。
その好例が菊池雄星だ。球界トップクラスの能力を誇る左腕は貪欲に成長の手がかりを探し求め、合理的に努力しながら、グラウンドでのパフォーマンスをアップデートし続けている。
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