6月17日、ルジニキスタジアム。伏兵メキシコが、世界王者ドイツを1-0で下す金星を挙げている。 メキシコが勝てた要因は、その戦術練度の高さにあるだろう。長年かけて、ユース年代から一貫して同じコンセプト、同じ戦い方を貫いてきた。それぞれ…
6月17日、ルジニキスタジアム。伏兵メキシコが、世界王者ドイツを1-0で下す金星を挙げている。
メキシコが勝てた要因は、その戦術練度の高さにあるだろう。長年かけて、ユース年代から一貫して同じコンセプト、同じ戦い方を貫いてきた。それぞれが持ち場を守り、ディフェンスでリズムを作りながら、その安定によって攻撃を促す。ボールプレーを追求しながらも、攻守の切り替えとカウンターの迫力を身につけることによって、より高い確率で得点を狙う。
その基本が徹底されているだけに、システムも臨機応変、柔軟である。後半はドイツの猛攻を受けたものの、選手交代によって少しずつ立ち位置を変更することで対応。終盤には39歳のベテラン、ラファエル・マルケスを投入し、5-4-1という守備的布陣でしのぎ切った。
メキシコの選手は規律正しい。戦術の求める動きができるし、1対1の激しさもある。また、繰り出すカウンターは鋭利だ。しかし、生真面目なだけでは強国には勝てない。
金星の陰には、試合を決められる2人の天才がいた。
ドイツ戦で貴重な決勝ゴールを決めたイルビング・ロサーノ
「サッカーの試合を見るよりも、何倍もNBAの試合を見ている方が楽しいね。レブロン・ジェームズは俺のアイドルだよ」
プロサッカー選手でありながら、平気でそう言ってのける。それがメキシコの天才、カルロス・ベラ(29歳)という男である。つかみどころがない変わり者だ。
そのズレは、ピッチにおいては天才性として出現する。相手をあざ笑うように裏を取ることができる。圧倒的に技術センスで優れていることもあるが、テンポを少し変えることで優位に立てる。左利きで人と感性が違い、リズムも体の使い方も異なる。ディフェンスにとっては守りにくい相手だろう(基本的に左利きは少ないため、ディフェンダーは単純に対戦経験が乏しい)。ひらめきの点でも、意外性がある。
ドイツ戦でトップ下として出場したベラは、抜群のキープ力でボールを収めている。相手を誘いつつ、ファウルをとってFKにする技術はしたたかだった。カウンターの起点としても、相手のタイミングを外すプレーが絶妙で、味方にアドバンテージを与えている。決勝点のシーンも、自陣での守備から速攻でボールを受けると、ハビエル・エルナンデスに前を向かせる気の利いたパスで、歓喜を呼び込んだ。
ベラはあまり表情を変えない。子供がいたずらでもするように、相手の裏をかくプレーをやってのける。あるいは、ポーカーフェイスこそ、その真骨頂なのかもしれない。
「あいつはミスターリラックス。へそ曲がりというか、感覚が違うんだ。物事に動じないし、いわゆる天才なんだろうね」
スペインでレアル・ソシエダを取材していたとき、チームメイトはベラについてそう語っていたものだ(現在はロサンゼルスFC/アメリカに所属)。
そして、そのベラをも凌ぐ天才アタッカーとメキシコで言われているのが、22歳の新鋭イルビング・ロサーノである。
「得点感覚」
ロサーノの天才性はそこに集約されるだろう。ポジションはサイドアタッカーだが、ゴールの風景が見えている。18歳でデビューしたアステカスタジアムでの試合では、出場5分でいきなりゴールを決め、人々を驚かせた。
ウィング大国オランダのPSVアイントホーフェンのスタッフが惚れ込み、800万ユーロ(約10億5000万円)で移籍。1年目の2017~18シーズンは17得点を記録している。メキシコ代表には2016年にデビューしたばかりの新鋭であるにもかかわらず、29試合出場で8得点。そのポテンシャルは計り知れない。
サイドを切り崩すドリブルは武器のひとつだが、ロサーノはそれにとどまらない。そこから先で、ゴールという決定的な仕事をできる。リオネル・メッシ、ネイマール、フェリペ・コウチーニョと同じ系譜のプレーヤーだろう。
ドイツ戦にロサーノは左サイドアタッカーとして出場している。開始早々から、緩急の変化の激しいドリブルでドイツDFに脅威を与えていた。シュートの場面ではタイミングが合わない様子だったが、前半35分に訪れた好機を確実にものにしている。ペナルティエリア内の左でエルナンデスからパスを受けると、シュートモーションをひとつ入れた後、鋭い切り返しでディフェンスの逆を取り、右足で名手マヌエル・ノイアーのニアサイドを破ったのだ。
「我々メキシコは、どのチームとも互角に渡り合えるだけの力がある。世界の5、6、7位には手が届くような準備はしてきた。相手がドイツだろうと、ブラジルだろうと、俺は勝ちたい。どんな形だっていいのさ。ロシアでは、でかいことをやってみせるよ」
大会前、ベラはそう宣言していた。
メキシコは過去25年近く、W杯で好チームだった。1994年W杯から6大会連続でベスト16に入っている。しかし、絶対的な仕事をする選手には恵まれていない。その結果、ベスト8の壁は一度も越えられていないのだ。
ベラとロサーノ。2人の天才は、ロシアで新時代を切り拓くのだろうか。
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