「ともかく『ホッとした』という言葉しか思いつかない……」(中嶋一貴)「最後の1ラップが終わり、チェッカーフラッグが振られるまで信じられなかった(セバスチャン・ブエミ)。「去年のインディ500で、つかみかけたと思っ…

「ともかく『ホッとした』という言葉しか思いつかない……」(中嶋一貴)「最後の1ラップが終わり、チェッカーフラッグが振られるまで信じられなかった(セバスチャン・ブエミ)。「去年のインディ500で、つかみかけたと思った勝利を失ったから、また同じことが起きるんじゃないかと心配だった……」(フェルナンド・アロンソ)

 レース後、表彰台の頂点にたったトヨタTS050 HYBRIDの8号車に乗る3人のドライバーたちが、そろって口にしたのは「安堵」の言葉。



優勝を決めて喜ぶアロンソ、中嶋、ブエミの3人

 だが、悲願の「ル・マン制覇」を成し遂げ、小林可夢偉、マイク・コンウェイ、ホセ・マリア・ロペス組の7号車と共に1位、2位を独占した今年のトヨタの戦いぶりを、ひと言で表すならば「完璧」と言うよりほかにない。通算19回目のル・マン挑戦で、彼らが見せたのは、文字どおり「圧倒的な強さ」だった。

 日本のメーカーによるル・マン制覇は1991年のマツダ以来、2回目。トヨタにとっては1985年のル・マン初参戦以来、ようやく掴んだ勝利だ。特に2012年以来、取り組んできたハイブリッド車によるル・マン制覇は、ル・マンにハイブリッドを持ち込んだパイオニアであるトヨタにとって、大きな到達点といえるだろう。

 2台のトヨタは、レース序盤から3位以下をグングンと引き離す。しかも、7号車と8号車が何度も順位を入れ替えながら、激しいトップ争いを繰り広げた。なかでも圧巻だったのは、今回のル・マンで注目の的となった、フェルナンド・アロンソが深夜に見せた「快走」だ。

 前のスティントを走った8号車のチームメイト、セバスチャン・ブエミがスローゾーンでのスピード超過によってぺナルティを受け、トップ7号車との差は、一時は大きく開いていた。それをアロンソが深夜のドライブで一気に縮めて、続く中嶋に交代。そして、8号車を引き継いだ中嶋が明け方に見せた7号車との激闘で、見事に可夢偉を捉えてトップへと躍り出たことで両者の勝負はほぼ決した。

「決勝では、スタートして第1スティントの3周目くらいに、デフのセンサーのトラブルが出てしまって、レース中にセッティングをいじれなくなってしまった。それをごまかしながら走っていたけど、限界があった。

 途中、8号車とは無駄に戦っても仕方ないと思っていました。24時間、まずはトヨタとして勝つことが目標だった。1台に何かあっても1台が走りきることを任務としていたので、リスクを負わず、やれる仕事をやりました」と2位に終わった可夢偉。



深夜の快走でトップを奪い返した8号車

 ちなみに、レース終盤、「ピットストップをうっかり忘れた」(可夢偉)という、にわかには信じられない理由で7号車が突如、スロー走行するシーンがあり、一瞬、ドキッとしたが、あれは、もしかすると「あえてチーム同士の戦いを避け、7号車を2位に固定する」ための”チームオーダー”だったのかもしれない……。

 2015~2017年にル・マン3連覇を成し遂げた王者・ポルシェが、トップカテゴリーのLMP1クラスから撤退し、「ライバル不在」の状況となった今年のル・マン24時間レース。唯一のワークスチームとしてLMP1ハイブリッドのマシンを走らせるトヨタに対しては、「勝って当然」という空気があったのは事実だろう。

 そんなトヨタの独走を防ぐべく、ル・マン主催者のACO(フランス・西部自動車クラブ)は、1ラップに使用できる燃料量の規制などでLMP1ノンハイブリッドのマシンを走らせるプライベートチームへの優遇措置を行なった。実際、ル・マン本番の1週間前に行なわれた「テストデイ」では、「ノンハイブリッド勢」が侮れない速さを見せていた。

 しかし、ふたを開けてみれば、トヨタの強さは完全に頭ひとつ飛び抜けていた。それは、中嶋一貴が自身2度目のポールポジションを獲得した予選や、レース本番でトヨタが見せた「ラップタイム上の速さ」だけではない。

 24時間のレース中、一度も大きなトラブルがなく、冷静に、淡々と自分たちのレースプログラムをこなし、「魔物が棲む」と呼ばれる伝統のレースのゴールに向けて、着実に一歩ずつ進んでゆく……。

 ル・マン24時間は、ライバルとの戦い以前に、何よりもまず「自分自身との戦い」なのだということを、これまで嫌というほど味わってきたトヨタだからこそ、彼らはこの1戦に向けて持てる力のすべてを注ぎ、かつてないほどの努力を重ねてきた。

「それでも、やり切ったとは思わない。『やり切った』の向こう側にまだ気づいていない『想定外』があることを、これまで何度も思い知らされてきましたからね……」と語っていた村田久武WECチーム代表。

 彼がレース後、噛みしめるように口にした「うん、楽しかったよ、本当に楽しかった」という短い言葉が、これまでチーム全体で積み重ねてきた努力が、ついに実を結んだ喜びを、何よりも如実に表していた。

 ちなみに、今シーズンのWEC(世界耐久レース選手権)は2018年~2019年をまたぐ「スーパーシーズン」。来年のル・マン24時間がその「最終戦」となっている。晴れてル・マン王者となったトヨタだが、ディフェンディングチャンピオンとして臨む、来年のル・マン連覇とWECシリーズチャンピオン獲得に向けて、トヨタチームの新たな挑戦はこの瞬間から始まっている。