ニック・ファジーカスとは何者か? バスケ男子日本代表チーム『AKATSUKI FIVE』に初選出された「最強の新戦力」に、帰化の理由、そしてオリンピックに向けてのモチベーションを聞いた。ファジーカスは絶体絶命のチームを救う救世主になれ…

 ニック・ファジーカスとは何者か? バスケ男子日本代表チーム『AKATSUKI FIVE』に初選出された「最強の新戦力」に、帰化の理由、そしてオリンピックに向けてのモチベーションを聞いた。ファジーカスは絶体絶命のチームを救う救世主になれるか。



あのニック・ファジーカスがついに日本代表チームに加わった

 ニック・ファジーカスが嫌いだ――。

 川崎ブレイブサンダース以外のファンなら、一度ならずそう思ったことがあるはず。なぜなら、彼ほど敵にしたら怖い選手はいないからだ。

 ファジーカスは2012年に来日して以来、JBL、NBL、Bリーグと6シーズンをプレーし、4度の得点王と3度のリバウンド王に輝いてきた。昨季はMVPに、そして今季はベスト5に選出されている。

 210cmの長身ながら、ミドルシュートやスリーポイント(3P)シュートを打つほどシュートレンジは広く、ガードのように繊細なフローターシュートを放ったかと思えば、インサイドでのファウルを誘うフェイクも絶妙としか言いようがない。

 ひと言で説明するなら、ファジーカスは止められない。

 Bリーグ全ヘッドコーチに、「ゲーム残り5秒、1点ビハインドでマイボールのシチュエーション。もし、Bリーグ全選手の中から選んでいいなら、誰にボールを託すか?」と聞けば、8割ないしは9割以上のヘッドコーチがファジーカスを指名するはずだ。

 当然、対戦チームは常にファジーカス対策を練ってきた。それでも6シーズンもの間、彼を止めることができない理由を、チームメイトの辻直人(SG)が明かす。

※ポジションの略称=PG(ポイントガード)、SG(シューティングガード)、SF(スモールフォワード)、PF(パワーフォワード)、C(センター)。

「毎シーズン、ニックは進化している。来日直後より、今のニックのほうが格段にスキルが向上している。だから、止められない」

 そんなBリーグ最高の選手が昨オフに帰化申請を行ない、今年4月に帰化が許可された。ファジーカスは、「帰化は自然な流れだった」と笑う。

「僕だけじゃない、妻も日本での生活が好き。だから、日本への帰化は誰に頼まれたわけではなく、自分で決めた。第二の故郷のように感じる場所で暮らしている以上、自然な流れだった」

 そして、日本国籍を取得したファジーカスが、いよいよ日本代表候補にその名を連ねた。

「帰化を申請する以上、日本代表についても、常に頭の片隅にあった。実際に代表に呼ばれたときは、とてもエキサイティングな瞬間だった。東京オリンピック出場という、大きな目標を掲げたチームに呼ばれたことを光栄に思う」

 味方ならば、これほど頼もしい選手はいない。そんな男が、日の丸が入ったユニフォームに袖を通し、ついにコートに立とうとしている。

 だが、日本代表が置かれた状況は、「崖っぷち」という表現ですら生ぬるいほど厳しい。もはや滑落中――死ぬか、生きるか、生殺与奪の権利すら、すでに日本の手の中にはないと言っていい。

 来年行なわれるワールドカップ。日本はそのアジア1次予選B組で、オーストラリア、フィリピン、チャイニーズ・タイペイとホーム&アウェーのリーグ戦を行なっている。現在、日本は4戦全敗で最下位。残すはホームでのオーストラリア戦と、アウェーでのチャイニーズ・タイペイ戦のみだ。

 日本代表は6月15日と17日に韓国との強化試合を行ない、運命の6月29日――1次予選 Window 3を迎える。

 この日、日本は4戦全勝でB組1位のオーストラリアをホームに迎え、日本に勝利した同組3位のチャイニーズ・タイペイはホームで同組2位のフィリピンと戦う。

 オーストラリアはリオ五輪で4位となっているように、アジアでは頭ふたつ抜けた存在だ。しかも、NBAがシーズンオフになり、マシュー・デラベドバ(ミルウォーキー・バックス/PG)やソン・メイカー(バックス/C)といった現役NBAプレーヤーがチームに合流している。ホームとはいえ日本が勝利する可能性は、お世辞にも高いとは言えない。

 一方のチャイニーズ・タイペイvs.フィリピン戦。3位までが2次予選に進出できるため、この試合の勝敗にかかわらずフィリピンの勝ち抜けはすでに決まっている。フィリピンが主力温存や若手選手を起用する可能性も高いだろう。

 つまり日本が置かれているのは、まさに神頼み的状況だ。日本がオーストラリアに敗れ、チャイニーズ・タイペイがフィリピンに勝った場合、その時点で日本の2次予選進出は消える。さらにそうなれば、「来年のワールドカップ本戦でベスト16に入ることが、オリンピック開催地枠を得るための目安」とFIBA(国際バスケットボール連盟)が言っているため、日本の東京オリンピック出場の可能性もほぼなくなるのだ。

 日本は4戦全敗とはいえ、アウェーのオーストラリア戦を24点差で落とした以外は、フィリピンには6点差と5点差、チャイニーズ・タイペイには1点差の惜敗。せめて、ひとつでも星が拾えていれば……と悔やまれてならない。

 そんな絶望的な状況に差し込むのが、ファジーカスという光だ。救世主になりうる男に悲壮感はない。

「残り2試合、そしてオリンピックまでの道のりには、大きな壁が立ちはだかっている。しかし、その壁にチャレンジすることは、やりがいがある。どんな試合、どんなプレーができるか、自分でも楽しみ」

 ファジーカスの加入は、高さ、得点力という面で、間違いなく日本代表のレベルを格段に向上させる。

「もちろん、私の加入でチームが世界に近づいたと信じたい。ただ、一足飛びに世界のレベルに到達することはできない。誰が加わろうと、いきなり世界のトップ10に入るような躍進は難しい。しかし、私と(八村)塁、そして今後合流する渡邊(雄太)、NBAや世界のレベルを知る3人がチームに加わることで、間違いなく世界との距離は縮まる」

 八村塁、渡邊雄太――日本に差し込む光は、ファジーカスだけではない。

 現在、ゴンザガ大でプレーし、同じく日本代表初招集となった八村の可能性をファジーカスはこう表現する。

「一緒に練習して塁の才能に触れ、近い将来に彼がNBAでプレーすることはほぼ間違いないと確信した。ドラフト1巡目でピックされる可能性も十分にある。あとは、これから自分がどんなことができるのか本人が気づき、どういったプレーで表現していくかだ。その気づきによって、NBAでどのくらい活躍できるかが決まってくる」

 ファジーカスと八村が同時にコートに立つことで、日本代表はどう変わるか? 愚問だ。日本代表のすべてが変わる。

 日本が高さで世界に見劣らないだけでなく、オフェンスのパターンも限りなく増える。今季、ゴンザガ大では3Pを打たなかったが、八村が3Pシュートも打てることは昨年出場した「FIBA U19バスケットボール・ワールドカップ」で証明済みだ。ファジーカスと八村の両選手が内外をこなせることで、とれる戦術は無数に広がる。何より戦術どうこう言う以前に、現時点で考えうる歴代最強の日本代表フロントラインが生まれたことは間違いない。

 さらに頼もしいのが、オリンピック出場にかけるファジーカスのモチベーションの高さだ。それには理由がある。今年3月、父親となったファジーカスは、息子にハドソン・海渡・ファジーカスと名づけた。

「東京オリンピックが開催されるころ、ハドソンは2歳と半年。彼の記憶に少しでも残るようなプレーをオリンピックでしたい。そして彼が成長したとき、父はこういうことを成し遂げたと伝えたい。『可能性というものは、君の目の前にも無限に広がっているんだ』ということを伝えたいんだ」

 しゃぶしゃぶ、天ぷら、ラーメン……ファジーカスが好きな日本食は多い。納豆と生魚は少し苦手だ。日本語は勉強中だが、すでに簡単な会話は日本語で行なえる。好きな日本語は「大丈夫」。

 どんなときに使うのか、本人に聞いた。敵ならば恐ろしい、味方なら誰よりも頼もしい日本人選手は、日本語でこう答えた。

「オリンピックに行きます。大丈夫です」