モハメド・サラーの涙の退場とガレス・ベイルの見事なオーバーヘッドキック。2018年チャンピオンズリーグ(CL)決勝で勝負のカギとなったふたつの瞬間だ。一方で、それと等しいインパクトをもたらしたのが、リバプールのGKロリス・カリウスが犯…
モハメド・サラーの涙の退場とガレス・ベイルの見事なオーバーヘッドキック。2018年チャンピオンズリーグ(CL)決勝で勝負のカギとなったふたつの瞬間だ。一方で、それと等しいインパクトをもたらしたのが、リバプールのGKロリス・カリウスが犯した2度のミスである。
試合後、スタンドのファンに謝罪するカリウス
ボールをキャッチしたあとに素早くアンダースローで味方にパスを出そうとしたところ、カリム・ベンゼマに足を出されて先制点を献上。そして終盤には、強烈ではあったが正面に飛んできたベイルのシュートを弾ききれず、痛恨のだめ押し点を許した。
クラブフットボールの頂点を決める大一番で、あってはならない失態だったことは確かだ。ただし、そこは尋常ならざる戦いの場だった。記者席からでも、息苦しくなるような張り詰めた緊張がひしひしと感じられた。ちょっと手を伸ばせば、電気が走りそうなほど。
24歳のドイツ人GKカリウスは少年時代から将来を嘱望(しょくぼう)され、ドイツの若年層代表に名を連ね、16歳でマンチェスター・シティの下部組織に引き抜かれた才能の持ち主だ。ただし、A代表にはまだ出場したことがないし、チャンピオンズリーグ出場も今季が初。あのような至高の舞台は経験したことがなかった。
とてつもない緊張や重圧を感じると、人間の視野は極端に狭くなることがある。それは防衛本能のひとつかもしれない。自分自身に置き換えてみると、大勢の人前で話すことが得意ではないのに、それをしなければならなかった時、視界の真ん中だけしか認識できなかった経験がある。CLファイナルの後に同僚と話したら、彼は過去に大事な就職の面接で同じような経験をしたと言った。
つまり、あれは誰にでも起こりうることなのだ。人間は感情の生き物であり、フットボールはとてもエモーショナルなものである。ジネディーヌ・ジダンとユルゲン・クロップ、ファイナルを戦った両監督もそんなことを言った。だからこそ、美しいものなのだとも。
では、カリウスと同じ職業の人間はあれをどう見たのか。キエフから戻った翌日に、ちょうど日本代表のガーナ戦を取材する機会があったので、日本代表のGKにこの質問をぶつけてみた。
「地獄ですよね」と答えたのは東口順昭(まさあき)だ。ガンバ大阪の下部組織次代にユースに上がれなかった経験など、多くの苦労を重ねて現在の立場を築いた32歳は真摯にこの質問に向き合ってくれた。
「実際、仲間のフィールドの選手にもけっこう聞かれました。『キーパーってああいうとき、どんな心境なん?』って。想像するしかないですけど、チャンピオンズリーグ決勝なら、プレッシャーや緊張感が半端じゃないでしょう。そういうなかでプレーするキーパーは、ホンマに難しいですよね。もちろんシュートを止めて活躍したらヒーローになるんでしょうけど、やっぱり地獄を見る確率のほうが高いポジションやなって」
彼自身にも似たような経験があるという。
「中学1、2年のころ、ガンバのジュニアユースで年上の試合に出なあかんときがあって。キーパーが僕しかいなかったんです。ものすごく緊張して、極端に視野が狭くなり、実際に自分のミスで負けた。その後は、ほんまにサッカーやめようと思うくらい、追い込まれました。もう嫌やなと。でも今思えば、あの経験が自分を強くしたと思う。自分は中学の時でよかった。チャンピオンズリーグ決勝のような舞台でああなってしまうと、トラウマは半端じゃないやろうなと思います」
さらに、ガーナ戦に出場した川島永嗣にも尋ねてみた。この日の試合ではガーナの2点目につながるPKを与えてしまったが、W杯での試合経験が豊富な守護神はプロフェッショナルに次のように答えた。
「GKの宿命ですよね。常にミスと隣り合わせ。いいプレーとそうでないプレーも紙一重。でも僕らはそれを理解してやっていくしかない。難しい役割ではあるけど、逆に言えばピンチをチャンスに変えられるポジションでもある。大舞台に立つ前に特別なことはしない。普段通りが一番ですよね。それ以上の力は出せないと思うので、考えすぎないことも大事だと思います」
当のカリウスは、試合の翌日にSNSでこうつぶやいている。
「今まで、ほとんど眠れなかった……。あのふたつのシーンが何度も何度も頭に蘇ってしまって……。チームメイト、ファン、すべてのスタッフに限りなく申し訳ないと思っている。あのふたつのミスによって、みんなを落胆させたことは自分も理解している……」
以前から、GKはリバプールの補強ポイントだと言われていたが、大きな才能を持つこの若き守護神にもう一度チャンスが与えられることを願う。地獄のような経験から立ち直ることができれば、真のワールドクラスになれるかもしれないのだから。