名門・青森山田から野田学園へと転校し、初の日本一の称号を手にした吉村和弘。優勝を狙っていた高校最後のインターハイでまさかの山口県予選負けを喫してしまう。卓球人生最大の壁にぶちあたり、苦悶の日々が始まる。インターハイのシングルス予選の敗戦は、…
名門・青森山田から野田学園へと転校し、初の日本一の称号を手にした吉村和弘。優勝を狙っていた高校最後のインターハイでまさかの山口県予選負けを喫してしまう。卓球人生最大の壁にぶちあたり、苦悶の日々が始まる。
インターハイのシングルス予選の敗戦は、吉村の卓球に深刻なダメージを与えた。
高校最後のインターハイのシングルスに出場できない悔しさ、負けたショックが時間を追うごとに大きくなり、卓球に向き合えなくなった。それから高校卒業まで、練習にもほとんど身が入らず、「ただ漫然とやっていた」ほど意気消沈していた。技術面での課題であれば、周囲に相談し、解決することが可能だが、精神的な挫折は、己の力で乗り越えるしかない。
野田学園卓球部を率いる橋津文彦監督は落ち込んだ吉村の様を見て心配し、兄・真晴も「大丈夫か」と声をかけた。しかし、吉村は「放っておいてほしい」と返すのが精一杯だった。
「正直、自分でもどうしていいのか分からない時期でした」
ただ、吉村の落ち込んだ気持ちとは裏腹に、進路は順調に決まり、野田学園高校から愛知工業大学に進学することが決まった。環境が変わればという父の願いもあったが、入学してもあの敗戦を引きずっていた。4年生で主将である真晴の心配する声は届いてはいたが、なかなか心には刺さらなかった。
「日本リーグがあるから、そこからやっていこう」
鬼頭監督にそう声をかけられた。
2015年5月、日本リーグ前期がスタートした。吉村は初戦の協和発酵キリン戦に兄・真晴とともに出場し、同世代のライバル、上田仁を3‐2で破った。何かが少し吹っ切れた感覚を掴むと、つづく日鉄住金物流、シチズン時計、リコー、朝日大学と戦い、シングル5戦5勝して前期1位に貢献した。
「日本リーグで5勝したのは大きかったですね。楽しかったですし、これでちょっと自信がついたんです。これからもうちょっと頑張ろうって思えました」
直後の7月のインカレ(団体戦)では早稲田大を相手に、プレッシャーのかかった2番で勝利し、チームを日本一に導いた。主将の兄・真晴が肩の故障で苦しんだ大会を、弟・和弘がしっかりと支えたのだ。
取り戻した自信、「真晴の弟」からの脱却
失った自信を徐々に取り戻しつつある中、吉村のモチベーションが上がるオファーが届く。
「9月からブンデスリーグ2部への挑戦が始まりました。調子も上向いてきていたし、これで気持ちがグっと盛り上がりました」
11月にはフリッケンハウゼンの一員としてデビュー戦を飾った。どん底でもがいていた頃の自分は徐々に消え、本来ののびのびしたプレーをようやく取り戻しつつあった。
「長いスランプでした。スポーツ選手には、そういう時期があった方が成長できると思うんですが、かなり悩んで苦しんだので……もういいかなって思いますね」吉村は、苦笑しつつそう言った。
自分らしさを大会で発揮できるようになると、自ずと結果もついてくる。2017年1月の全日本卓球選手権では決勝に進み、日本のエースである水谷隼と戦った。惜しくも破れ、準優勝で終わったが、もはや「吉村真晴の弟」ではなく、吉村和弘の名前を全国に知らしめた。だが、「あと一歩」が遠い。2017年は全日本に続き、インカレ、ユニバーの団体、混合も全て2位に終わり、なかなか優勝には届かなかった。
「シルバーコレクター」
そう言われると、悔しさが募った。
「毎回、勝つことしか考えていないので、ずっと2位は悔しいですが、逆にモチベーションになります。ただ、このままでは変わらない。何かを変えないと勝てないと思っていました」
トップに立つために、技術面の取り組みと同様に、肉体改造に積極的に取り組んだ。パーソナルトレーナーをつけてウエイトトレーニングを行い、筋肉量を増やすなど戦える体作りを進めたのだ。また、サッカー日本代表である長友佑都の著書「食事革命」を読むなどして、食生活の改善にも取り組んだ。吉村はこれまで怪我が多く、自分の思うような練習ができなかったからだ。
「きっかけはヘルニアです。昨年から痛くて今年の全日本も試合に集中できなかった。その前も体重が少なすぎて途中で集中力が切れたり、食欲がなくなったり、試合に影響することが多かった。でも、ウエイトと食生活を改善することでヘルニアの痛みや怪我がなくなり、体が変わりました」
食生活に好き嫌いはないが、1度に多くを食べることができず、1日3食を5食にしてゆっくり摂るようにした。ウエイトは背中を中心に足腰を鍛えた。現在の体脂肪は15%程度。体重を増やしている途中なので、トレーナーからは15%を越えなければいいと言われている。体重は以前61.9キロから今は64.2キロまで増えた。最終的には68キロまで増量する考えだ。
「前よりも厳しい練習をして、動き回っても疲労が少ないですし、疲労からの回復も早い。それに動ける範囲も広がったので、もっといいプレーができると思います」
最近は、オンとオフのメリハリもついてきた。小学校の頃はアウトドア派だったが今は完全にインドア派。最近は部屋でYouTubeを見ていることも多いという。特に海外遠征では卓球以外の時間をリラックスして過ごすために部屋でスマホを眺める。お気に入りのYouTuberも何人かいる。「彼らもアスリートと一緒で体張っていますからね(笑)」時間を忘れて見てしまうこともあるという。
オフで卓球を忘れる時間を作ることが、卓球のプレーの充実にもつながっている。
吉村和弘が叶えたい夢とは
現在、吉村は愛知工業大の4年生で主将である。10月にはTリーグが開幕し、活躍の舞台がさらに広がるが、卒業後の進路が気になるところだ。
「卒業後は実業団なのか、プロなのか、まだわからない。Tリーグは出られるのであれば出場したいですね。楽しく卓球をやって強くなりたいですから。最終的には中国の選手に負けないくらい強くなりたい。中国に勝つことができる選手が世界で戦える選手だし、そういう選手が日本の卓球界を引っ張っていく。もちろん自分がそうありたいと思います」
世界の舞台で中国の選手に勝つのが吉村の目標だが、もうひとつ叶えたい夢がある。
「真晴と全日本の決勝で、兄弟対決したいです。真晴からすると絶対負けられないし、プレッシャーがすごいんでやりたくないみたいですが、自分は思い切ってやれる。勝って兄よりも強いと言われたい。兄弟対決でも、どこでも1番を目指す。それが僕のプライドです」
小学生の時、兄の背中を追いかけ始めた日を、いまだに鮮明に覚えている。やがて追いつき、必ず、追い越す。
諦めないことも卓球人・吉村のプライドだ。
取材・文:佐藤俊(スポーツライター)、写真:伊藤圭
※取材協力:VICTAS、撮影地:T4 TOKYO