たとえ苦しい試合展開に追い込まれても、決して心は乱さない。「自分の仕事がわかっているからです。例えばきょう、負けている状態で何をすればいいかを考えることができる。自分たちのやろうとしている内容を把握する(のが大事)」 松島幸太朗はそういう…

 たとえ苦しい試合展開に追い込まれても、決して心は乱さない。

「自分の仕事がわかっているからです。例えばきょう、負けている状態で何をすればいいかを考えることができる。自分たちのやろうとしている内容を把握する(のが大事)」

 松島幸太朗はそういう人だった。日本代表のFBを務めたこの日は、「まずはキック処理。そして自分の得意とするアタックに…」と心を決めていた。身長178センチ、体重87キロの23歳。今季は国際リーグであるスーパーラグビーのレベルズでプレーする。昨秋のワールドカップイングランド大会でも通用したゴムまりのごときランは、より強靭さを帯びていた。

 現地時間6月11日、バンクーバーのBCプレイススタジアム。松島を擁するラグビー日本代表は、ここまで11年間負けていないカナダ代表とのテストマッチ(国際間の真剣勝負)で窮地に追い込まれた。

 16-17と1点差を追う後半13分、攻め込んだ先の接点でFL細田佳也の激しいサポートが「危険」と判定され、一発退場を食らったのだ。残り時間は27分。残された14人で勝ち越さねばならなくなった。

 もっとも、松島は動じない。手応えをつかんだうえで、「自分たちのやろうとしている内容を把握」していたからだ。

 序盤こそ球に絡む相手に難儀したが、試合を追うごとに低い前傾姿勢でその妨害役を引きはがせるようになっていた。「フィジカルで押し返せるようになってから、ゲインラインも切れた」。地道に球を継続しようと、再び意思統一する。

 一方、ハーフタイム明けから出場の茂野海人は、どうにか心の強張りを落ち着かせようとしていた。

 先発した田中史朗が、前半終了間際の攻撃中に右肩を脱臼。スーパーラグビーに日本人で初めて挑戦したSHの控えとして、思ったよりも早い出番を与えられていたのだ。

「いつでも出られる準備をしていましたが、緊張をして…。うまいこといかないこともありましたが…」

 時は来た。後半29分、敵陣22メートル線付近左のラインアウトを得た場面だ。空中戦のラインアウトをどうにか制すと、日本は右へ、右へと短いパスとランを起点にラックを連取。ランナーとサポートプレーヤーが近寄り合うことで、カナダ代表の妨害から身を守る。ただただ球を継続する。

 渦中、球をさばく茂野の視界が晴れた。ニュージーランドのオークランド代表にも選ばれたことのあるSHは、右中間にできた接点の周りを落ち着いて見定める。そこには2人のタックラーがいたが、向かって左側の選手の身体が正面を向いていなかったと感じた。

 間を、射抜いた。

 茂野の大きな突破で歓声が沸くさなか、その後ろから松島が躍り出た。「僕は常にサポートしようという意識でいる」。抜けた仲間に素早く反応するのも、優れたフィニッシャーの条件か。

 抜け出した茂野も「サポートは左と右についていた」と把握。カバーに回った守備を引きつけながら、松島のいる方へ鋭いパスを放つ。受け取った背番号15が、タックラーを弾きつつインゴールを割った。トライ。

 直後には田村優のコンバージョンも決まり、スコアは23-17となった。千両役者は、ただただアシストした仲間を褒めた。

「あの、放ったタイミングでしかトライにならなかったと思う。ベストタイミングでした」

 茂野は今季、スーパーラグビーでプレー中。日本のサンウルブズに追加招集され、国際舞台を経験していたのだ。身長170センチ、体重75キロのサイズで、サイドアタックと強い回転のパスで魅せる。

 それでも初のテストマッチでは、収穫と課題の両方を得た。弾かれたタックル、密集戦でのいらぬ反則など、反省すべきプレーは自分自身がよくわかっているという。

「要所のディフェンスで姿勢が高かったり、球を出すテンポがうまくいかなかったりもした。これからカナダ代表より強い相手と戦ううえで、自分のなかで出た課題を改善できたら」

 かたや松島は、主軸の1人としてチームを引き締めたそうだった。

 この午後は残り5分となった折、敵陣でペナルティゴールを獲得。その場で円陣を組み、「敵陣でプレーして、相手のミスを誘って、自分たちの攻撃へ…」と言い合った。念を押したつもりだった。

 ところが、田村が落ち着いてキックを決めて26-17とした後、相手の猛追撃により自陣で張り付けにされる。複数の証言によれば、守備網のミスコミュニケーションが発端だったか。

 39分には26-22と4点差に迫られ、ノーサイド直前にはゴールラインを背に戦っていた。「さすがにヤバいな」。結果的には逃げ切ったが、冷や汗が出た。

 18、25日には日本でスコットランド代表と戦う。ワールドカップで唯一敗れた相手に勝つには、「自分たちのやろうとしている内容を把握」し、それを遂行するためのコミュニケーションを密に取ることだと考えていよう。現チーム有数の突破役として、個人の目標も掲げた。

「もっとハードキャリー(大きな突破)をする」

 18日、愛知・豊田スタジアムでのゲームにおいては、精神的支柱の田中は欠場するかもしれない。劇的なトライを導いた茂野は田中の代役として、劇的なトライを決めた松島は客観視を貫くランナーとして、欧州の強豪を破りにかかる。(文:向 風見也)