競歩20kmの世界記録保持者(1時間16分36秒)である鈴木雄介(富士通)が、2015年8月の世界選手権を恥骨炎で途中棄権して以来、2年9カ月ぶりのレースに復帰した。出場したのは、5月19日に行なわれた東日本実業団陸上男子5000m競歩。結果は20分06秒49で5位だった。



レース後、4位の谷井孝行と握手を交わす鈴木雄介

 自身が持つ日本記録よりも1分29秒27遅かったが、それでも笑顔で久しぶりのレースをこう振り返った。

「とにかくキツかったですね。途中で止まりたくなりながらも何とか歩き切った感じです。2年9カ月休んでいたので、体がすごく重くて我慢するしかないレースでしたが、我慢をするレースができることがすごく幸福だったし、キツいということを体感できたのは幸せだったと思います。アスリートとして自分をどんどん追い込んで、キツくなるのを求めることが、この2年9カ月はできなかったので。そういうキツさや苦しさを逆に楽しめました」

 ある程度の練習ができるようになったのは昨年末からで、今も股関節周辺の痛みが完全になくなったわけではない。

 今回の5000mに向けてはスピード練習を多めにしてきたことで、速い時には1km3分50秒くらいのペースの練習もできるようになった。その上でこの復帰レースで目標にしていたのは、ついていく相手をしっかり選んで、20分くらいのタイムでゴールすることだった。

「最初は予定通りに先頭グループにつくことができましたが、松永大介(富士通)と髙橋英輝(富士通)がペースを上げた時に離れてしまって。それからは近くに野田明宏(自衛隊体育学校)がいたので彼に追いついて引っ張ってもらおうと思いました。3000mからキツくなって野田くんからも離れてしまったけど、欲を言えば4000mまでつけて、あとは粘るというレースまでできていたらと思いますね。ただ、レースプラン的には自分の考えていたようにいけて、順位も5位、記録も20分台ひと桁だったので、自分の中では上々の出来だと思います」

 鈴木がこう話す通り、1000mまでは3分55秒で歩く先頭集団時につけたものの、松永と髙橋がペースを3分47秒に上げると、ついていけなくなった。3000mまでは先頭と13秒差と粘ったが、そこから少しペースを上げた3位集団の野田と谷井孝行(自衛隊体育学校)に遅れ始め、最終的に4位の谷井との差は21秒99となった。

「4分を切るペースでは3000mまでしかいけなかったんですが、スピードが出ているという感覚はありましたね。2000mくらいで野田くんについている時は余裕もあって『まだいけるな』という風に感じていた。それで何周かついてみたけど、そこから一気に体にきたので、まだまだ距離の練習が足りてないなと思いました。乳酸がすぐに溜まる体に変化してしまっているので、しっかり距離の練習をして乳酸が溜まりにくい体をもう1回作り直さなければいけないなと痛感しました」

 本人も「今日のフォームは30%の出来だった」というように、素早さやキレ、力感は以前と比べると足りない歩きだった。

「本当に動いてないですね。硬いのを何とか動かして、自分の体力で歩き切った5000mなので、まだまだ20kmは歩き切れないと思います。ペースをもっと落としたとしても20kmはまだキツい。練習を重ねていかなければいけないです」

 体も脚のあたりが以前より脂肪がついているように見えたことを伝えると、鈴木も「それがなかなか落ちないんですよね」と笑う。現在の体重はベストの時に比べて3kgほど多いという。

「練習ができていない時は、8kgくらいはオーバーしていましたね。練習に集中できている時は3食食べればお腹も空かないけど、故障中は集中できていないので、つい食べ物に手が出てしまうんです。プラス3kgまで落としましたが、ここからは練習をして、しっかり食べるものを食べながら落としていかなければいけないと考えています。

 来年の夏くらいまでに落としていけばいいかなと考えているので、(来年)2月の日本選手権の時期はある程度落とせていればいいのかなと。今は体重が重いものとして練習もやっているし、逆に重い状態でやっているからこそ落とした時に軽さを実感できると思うので、これはこれでいいと思います」

 この日のレースを「本人が目指していた目標と結果が近いところに収まり、なおかつペース配分をうまくやって歩きのコントロールをできていた」と評価するのは、富士通の今村文男コーチだ。

 歩きに関しては「故障していた部位が股関節とか恥骨部分なので、当然『動きをもう少し大きく、力強く』となると筋肉を使わなければいけないですが、まだその段階ではないので。まずは第一歩として5000mを目標の1km4分ペースというところまできたので、これからは筋力トレーニングやリハビリも含めながら歩く練習の方に重きを置いて、動きを改善できるようにしていけばいい」と話す。

 もちろん故障を再発させないために、細心の注意を払っていかなければいけないが、鈴木自身は今の状態をこう見ている。

「考えてみれば12年のロンドン五輪の前も故障をして3カ月くらい休んでから復帰したんです。その時は故障自体も大きなものではなくて、癒えてからすぐに普通の練習ができるようになった状態で5000mに出ていました。その時と比べても(今回の)記録はほとんど同じくらいなので、それを考えればまだまだ戻していけると感じています」

 現在の日本男子競歩界を見れば、5月5~6日に中国で行なわれた世界競歩チーム選手権の50kmで、荒井広宙(ひろおき/自衛隊体育学校/16年リオ五輪で銅、17年世界選手権で銀)が優勝したほか、勝木隼人(自衛隊体育学校)が2位、丸尾知司(愛知製鋼)が3位と、表彰台を独占してチーム優勝を果たしている。

 また、これまで世界ではなかなか結果を残せていなかった20kmでも、湿度80%を超える厳しい条件の中で若手の池田向希(東洋大)が優勝し、山西利和(京大)が4位、藤澤勇(アルソック)が7位になって、こちらもチーム優勝を果たした。

 しかし、冷静に見れば50kmは昨年の世界選手権で圧勝した世界記録保持者のヨハン・ディニ(フランス)や、リオ五輪金メダルのマテイ・トート(スロバキア)や銀のジャレド・タレント(オーストラリア)といった実力者は出場していない。日本勢も昨年の世界選手権で3位になった小林快(ビッグカメラ)は歩型違反の警告カードを3枚出され、この大会で採用された2分間のピットレーン入りのルールに救われて再開したものの、結局はレースを中止している。

 また、20kmも日本選手権4連覇中でエースとしての役割を果たさなければいけない髙橋が、警告3枚でピットレーンに入って18位。リオ五輪7位で昨年の世界選手権にも出場した松永は警告2枚で31位と、力を出し切れない選手もいた。

 だからこそ世界記録保持者・鈴木雄介の復活が待たれている。

「今は世界で金メダルを獲るというのもキツいですが、日本の中で代表権を獲るのも大変になっているので焦りは大きいです。今年2月の日本選手権は1時間17分台に3人が入ったので、『何をしてるんだ、お前ら!』と思いましたね。自分が割り込むためのレベルをどれだけ上げてくれちゃってるんだって(笑)」

 そんな日本競歩界の状況に焦りを感じながらも、それを復活への力に変えている。

「そこを目指す立場になれたというのは、逆にいいことなのかとも思いますね。日本選手権で争って勝てば世界の金メダルも見えてくるので、以前より金メダルをイメージしやすくなりました。今はもう世界記録を出した時の鈴木雄介ではないし、5000mが20分06秒の鈴木雄介ですから……。

 今日優勝した髙橋や2位の松永と競り合えるようになった時が本当の復活だと思いますが、まだスタート地点に立っただけの段階なので。これからは今見えている階段を一段ずつ上がって、その結果、金メダルがあるという気持ちでやっていきたい」

 今後の予定として、できれば7月のホクレンディスタンスの1万mに出場し、10月の国体の1万mも選ばれるなら出たいと思っている。その上で10月21日に全日本競歩高畠大会を20kmの復帰レースにしたいという構想だ。

 19年世界選手権の代表選考レースとなる、来年2月の日本選手権20kmまでにどんな状態になっているか。まずはそこが東京五輪を見据える上で、ひとつの勝負となる。