ふたりが対戦したローマのコートは、「NEXT GEN ARENA(次世代アリーナ)」の名を冠していた。 これはあくまで、昨年新設された「ATP NEXT GENファイナルズ大会」のプロモーションを兼ねたネーミングで、本来それ以上の意味…

 ふたりが対戦したローマのコートは、「NEXT GEN ARENA(次世代アリーナ)」の名を冠していた。

 これはあくまで、昨年新設された「ATP NEXT GENファイナルズ大会」のプロモーションを兼ねたネーミングで、本来それ以上の意味は持たない。ただ、次代のスターと目される若手選手の写真に彩られ、場内モニターでは「NEXT GENファイナルズ」のコマーシャルフィルムが繰り返し流れるこのアリーナでは、時の流れを意識させる空気が自然と色濃く醸成される。



グリゴール・ディミトロフ(左)と握手を交わす錦織圭

 錦織圭とグリゴール・ディミトロフ(ブルガリア)は、かつての「NEXT GEN」だった。

 錦織は昨年12月に28歳になり、ディミトロフは奇しくもこの日が27回目の誕生日。ふたりは20歳前後のころから近い未来のテニス界を担う者として、ファンや関係者の期待と注視を集めていた。フランスのスポーツ専門紙『レキップ』は、5年前の全仏オープン時に掲載した「2018年のトップ10予想」の1位にディミトロフを推している。錦織の名は6位につけていた。

 迎えた2018年――。

 ディミトロフは現在世界ランキング4位で、昨年末には自己最高の3位に到達。錦織はケガのため現在のランキングこそ24位だが、自己最高は4位を記録し、3年にわたりトップ10を維持してきた。同時代を生きた他の「NEXT GEN」の多くが時間の経過とともに脱落していくなか、錦織とディミトロフは男子テニスの中枢を成す存在に成長したのは間違いない。

 通算5度目となる今回の対戦は、ディミトロフは先週の初戦敗退分を補うため、一方の錦織は完全復帰の証(あかし)を掴むため、両者ともに勝利を切望するなかで迎えていた。

 そのような心理を映すように、試合は立ち上がりから、ややペースを落とした打ち合いとなる。「本当はもう少し打っていきたかった」錦織だが、バックに高く弾むボールを集められ、「フラットで打っていく勇気がなかなか出ない部分」があった。それでも先にブレークしたが、セット奪取を目前にして、開き直ったように攻める相手の反撃にあう。第1セットをタイブレークの末に失うと、その悔いがしばらく心に引っかかった。

 対するディミトロフは、セットひとつ分のリードが精神面の重圧を取り払い、伸びやかにボールを打てるようになっていく。第2セットの第6ゲームを4連続エースでキープしたディミトロフが続くゲームをブレークした時点で、試合の趨勢(すうせい)は決したかに見えた。

 それでも、錦織はあきらめない。徐々に獲得してきた「自信」と「勝ちたい気持ち」、そして「挑戦者」としての気骨が窮地で集中力を研ぎ澄まし、プレーの精度を高めた。長い打ち合いを耐え、勇気を持ってバックのストレートやフォアのクロスで強打を放つ。勝利を意識してミスが増えた相手を終盤で捉え、逆転で第2セットを奪い返した。

 第3セットも錦織は先にブレークされ、際どい判定に気持ちが切れそうになりながらも、そのたびにミスを減らして相手に圧力をかけていく。ひたむきにボールを追う錦織の姿が、客席からの”ケイコール”も引き起こした。第8ゲームをブレークし、第9ゲームで面したブレークの危機をしのぐと、続くゲームではフォアのリターンウイナーを機に勝利へと大きく踏み出す。

 試合開始から2時間55分――。

 ディミトロフの優美な片手バックから放たれたボールがネットを叩いたとき、天へと広げた錦織の手からラケットがこぼれ落ちた。

「トップ10に勝てたのは、とても自信になる」

 試合後に、この勝利の意義を真っ先にそう定義した錦織は、「彼も苦労しているなかでいいプレーをしていたので、お互いいい試合ができたのが、まずはよかったです」と続けた。

 10代のころからともに「Next Gen」として衆人環視のなかを歩んできたディミトロフを、錦織は「すべてが整っている選手」と評し、「本当に1位や2位に入れるテニスをしている」と見る。おそらくはどこか自分と似たテニス哲学を持つ1歳半ほどの年少者について、彼は「尊敬してますし、いいライバルだと思っている」と言った。

 互いに20代後半を迎えた今、ふたりは異なる状況に身を置きながらも、未踏の高みを目指していることに変わりはない。その好敵手に「NEXT GEN ARENA」で競り勝った錦織は、またひとつ完全復活への手応えを握りしめ、次なるステージへと歩みを進めていく。