シアトル・マリナーズのイチローが、本拠地・セーフコフィールドで会見を開いたのは5月3日(日本時間4日)のことだった…
シアトル・マリナーズのイチローが、本拠地・セーフコフィールドで会見を開いたのは5月3日(日本時間4日)のことだった。今シーズンの残り試合には出場せず、球団の会長付特別補佐に就任することを明かした。その席でイチローはこう話した。
「僕は野球の研究者でいたい」
自分がアスリートとしてこの先どうなっていくか、毎日鍛錬を重ねていくことでどうなれるのかということを見てみたい、と。

直接対決は実現しなかったが、試合前に談笑するイチロー(写真左)と大谷翔平
型にこだわらず、常に新しいことに挑戦し続け、日米通算4367安打を積み重ねたイチローらしい言動だと思った。同時に、その思考と姿勢は、メジャー1年目から投打で活躍を見せるロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平にも通じるものがあると感じた。
渡米前、大谷はこう語っていた。
「野球をやっているからには”テッペン”を目指したいんです。すごいレベルの高いところで野球をやってみたいと思っていて、まずはプロ野球選手になりたいと思ってそこに近づいていったら、さらにその上でやってみたいと……。僕はいろんなことにチャレンジしていきたいんです」
23歳で海を渡る決断をしたときも「今、アメリカに行きたい」「今、メジャーでやってみたい」と、その純粋な思いに突き動かされた。また大谷はこうも言う。
「常に変化していきたい」
環境が変わってしまうことに不安を覚え、変化した先にある失敗を恐れてしまうのが人の常だ。新しいことに挑むには、それ相応の勇気もいるだろう。思考の大半を不安に支配されてしまえば、新たな道を踏み出す決断は容易なことではない。
ただ大谷には、その不安をも消し去る圧倒的な”向上心”と、野球の技術を究めるための強い”好奇心”がある。メジャー挑戦を控えた昨年、大谷はこんな話もしていた。
「実際にメジャーでプレーをしていないわけですから……大崩れするような可能性を持って(メジャーへ)行くわけなので、それは不安ですよね。チームを選ぶことに不安がありましたし、まったく違う環境に行くということは、どの分野でも不安なことが多いと思います。でも、さらによくなる可能性があったら、僕はチャレンジしてみたい。『やってみたいな』と思うタイプの人間なので」
深い愛情を持って成長を見守ってくれた両親のもと、何事に対しても自らの決断を最優先に考えてもらった少年時代。目標設定の重要性と、先入観を持たずに挑み続ける生き方を教わった花巻東高時代。
そして自らも想像し得なかった”二刀流”を提案され、誰も歩まなかった道を切り拓いた日本ハム時代。それらひとつひとつが大谷のバックボーンとなり、今でも自らの変化する姿を追い求めている。
「メジャーのトップに行きたい」――それは高校時代から一貫して持ち続けている大谷の思いだ。野球人としての成長をどこまでも追求したい。そのために目の前の課題と向き合い、日々の取り組みを大切にして、野球をとことん究める。
5月10日(日本時間11日)のミネソタ・ツインズ戦の第4打席。大谷は初対戦となるピッチャーの、しかも初球の変化球を強振し、左中間へ第5号アーチを放った。試合後の取材で大谷はこんな言葉を残した。
「打つのも投げるのも1回1回、悪いところを修正して次に臨む楽しさがあります。一歩一歩前進している感じだと思います」
我々の想像をはるかに超えるスピードで進化し続ける”二刀流・大谷翔平”。それでも今は、大谷にとって「野球を究める」ための道半ばに過ぎない。