ついに歓喜の瞬間がやってきた。  スーパーラグビー挑戦3年目、日本のサンウルブズがレッズ(オーストラリア)に63-28で快勝し、今季10戦目にしてシーズン初勝利を挙げたのである。12日の東京・秩父宮ラグビー場。1万2千余の観客で埋まっ…

 ついに歓喜の瞬間がやってきた。
 
 スーパーラグビー挑戦3年目、日本のサンウルブズがレッズ(オーストラリア)に63-28で快勝し、今季10戦目にしてシーズン初勝利を挙げたのである。12日の東京・秩父宮ラグビー場。1万2千余の観客で埋まったスタンドが大歓声で揺れる。思わず涙ぐむ男の子の姿もあった。

 グラウンドでのインタビュー。流大(ながれ・ゆたか)主将の弾んだ声が薫風に乗る。

「最後に勝つことができて本当によかった。(トンネルは)長かったですけど、みなさんが応援してくれたおかげで、やっと1勝することができました」

『スイング・ザ・ソード』
 
 これが、この国内最終戦のゲーム・スローガンだった。刀(Sword)を思い切り振り回せ、という意味か。7週間ぶりに戦列復帰したフランカーのリーチ マイケルが説明してくれた。

「自分たちのラグビーでチャレンジしよう、といったところです」



復帰戦で存在感を見せつけたリーチ マイケル

 刀とは、サムライの魂である。選手のプライドである。自分たちのラグビーとは前に鋭く上がる「高速ディフェンス」、声とコミュニケーションで素早くつなぐ連係プレーである。接点の激突でいえば、とくに見応えがあったのが、背番号6のリーチとレッズの背番号7、ジョージ・スミスとのワールドクラス同士のマッチアップだった。

 オーストラリア代表111キャップを誇る37歳のスミスだが、昨年末、都内で暴行事件を起こしてサントリーを離れていた。日本のファンの前で汚名返上を期していたに違いない。かつてトップリーグでしのぎを削ったライバル対決に、29歳のリーチは意識していたと漏らした。

「絶対、タックルは外したくなかった。それがお互いのリスペクトだと思う」
 
 前半30分頃、キックのカウンターからスミスが持ち上がった。これにリーチが反応する。どんとスミスの体を押し戻し、その右足をひねりながら押し倒した。
 

 攻守が切り替わる。サンウルブズがラックを連取し、FWがサイドを突く。再びラックからスクラムハーフ、流が短いパスを右サイドのロックのグラント・ハッティングに渡し、プロップのクレイグ・ミラーに”ノールックパス”。

 ミラーが突進する。これをフォローしたハッティングが相手2人を引きずりながらポスト右に飛び込んだ。トライ。ゴールも決まって、19-14と逆転した。

 これで主導権を握った。勝因はディフェンスとラインアウトの改善だろう。ディフェンスは連係よく、点ではなく、面で素早く出ていく。個々のタックルの質も向上していた。

 攻守で活躍した25 歳ウイングの福岡堅樹は「常にコミュニケーションをとるようにしていた」と振り返った。

「相手にストロングキャリアが何人かいたので、そこは絶対にオフロードパスをつながせない、勢いを与えさせないため、しっかりと前に上がって2枚(2人)でタックルに入ることを意識していました」

 スーパーラグビーによると、この試合のサンウルブズのタックル成功率は192本中171本成功で、約89%(レッズが84%)の高い数字を残した。またマイボールのスクラムは全5本から生きた球を出し、課題だったラインアウトではマイボール12本中11本確保と約92%の成功率を記録した。

 ゲーム内容のこれほどの改善は、若手主体の相手チームといった相対的なことも関係するが、この1週間の充実した準備によるところが大きい。ジェイミー・ジョセフヘッドコーチ(HC)は「これまでの集大成を見せてくれた」と言葉に安堵感を漂わせた。

「(初勝利は)サプライズだと思っていない。自分たちのことを見つめ直して、反省すべきところは反省してやってきた結果です」

 この1週間の練習での修正点は、不安定なラインアウトや、試合中ふと気を抜いてしまう「ソフト・モーメント」の改善など4点だった。いい準備ができたとリーチも説明した。

「相手がどうのこうのではなく、この1週間、自分たちにフォーカスしていた。とくに今日はディフェンスがよかった。チームのコミュニケーションも深まってきた」

 攻めてはFWがどんどん前に出て、右に左に振っていった。ボールポゼッションは4割と低くても、パスとキックをバランスよく使い、テンポよく攻めた。まるで剣豪の刀さばきのごとき展開で計5トライ。さらにはスタンドオフ、ヘイデン・パーカーが正確無比な左足キックで7本のPK、5本のゴールキックをすべて蹴り込んだ。
 
 パーカーは笑った。

「今日はグッド・デーだった。キックを全部決めるのは気分がいい。勝利に貢献できて、とてもハッピーだ」
 
 試合終了後のロッカールーム。約1時間、選手、ノンメンバー、スタッフが一緒になって、初勝利を缶ビールで祝った。トニー・ブラウンコーチはこう、声を上げたそうだ。

「勝ったときのビールはおいしいね」
 
 またフッカー堀江翔太は「勝つまで伸ばそう」と決めていたモジャモジャのあごひげを剃ったのだった。
 
 もちろん、まだ1勝ぽっちである。通算1勝9敗。勝利に酔っている余裕はない。サンウルブズは海外で6試合を残している。勝敗はともかく、より大事なのは来年のラグビーワールドカップに臨む日本代表に、どうつなげるかなのだ。

 あえて収穫を言えば、高いレベルのリーグでも揉まれるなかで、個々のフィジカル、判断力、および経験値は上がっているだろう。とくに若手選手にとっては。
 
 例えばナンバー8姫野和樹である。この日もフィジカルの強さを見せ、相手を何度も弾き飛ばした。アタックの強さには定評があったが、タックルにも力強さと幅が備わった。
 
 成長した部分を問えば、姫野は「タフになりました」と自信をのぞかせた。

「タックルは、低く低くいき過ぎないようになりました。自分はフィジカルがあるので、少々高くても当たり負けしないというのがわかりました」

 さらに「ライバルは?」と聞けば、23歳は口元を少し緩めた。

「ズバリ、自分です。ここで満足してはいけません」
 

 もっとも、この日の試合メンバーで、先日発表された日本代表第1次ラグビーW杯スコッドに名前があるのは23人中15人に過ぎない。パーカーや、この日3トライのホセア・サウマキは入っていない。日本代表のジョセフHCが、サンウルブズの指揮を兼任することになったのは、代表につながるチーム戦略、システム面で効率化を図るためだった。

 だが、ケガ人続出に加え、契約マターの関係もあるのだろう。ここまで試合メンバーを固定させることはほとんどできなかった。この日はうまくいったが、組織ディフェンスやアタックの精度、ラインアウトの連係など、システムを磨き上げるまでには至っていない。

 日本代表は6月、イタリア代表と2試合、ジョージア代表と1試合を予定している。代表の準備に専念するため、ジョセフHCは次のスーパーラグビーの試合のあと、サンウルブズを離れて日本に戻ることになっている。
 
 日本代表の目標は当然、3戦全勝となる。勝負のカギはスクラム、ラインアウト、組織ディフェンスが握ることになる。ジョセフHCはこう言った。

「ゲームの運び方、戦い方は、サンウルブズと日本代表を兼務しているので、同時にやっていけている。選手の強化と関係を深めることもできている」

 確かに互いの信頼関係は強まっているだろう。正しい準備の仕方、「勝ち方」を思い出せたのは大きい。初勝利で日本代表戦に向けて少しは弾みがついた。何といっても、メディア露出、ラグビー人気の盛り上げにもプラスになっただろう。
 
 ただ、高いレベルでのシステムの構築には時間がかかる。『スイング・ザ・ソード』。それを、サンウルブズの残りの試合のほか、日本代表の試合でも実践できるかどうか。これからが本当の勝負である。