怪物パンチャーの帰還──。5月5日(現地時間)、WBA、WBC、IBF世界ミドル級スーパー王者のゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)が、挑戦者のバーネス・マーティロスヤン(アメリカ)に圧倒的な2回KO勝ちを飾った。



通算20度目の防衛をKOで飾ったゴロフキン

 通算20度目となる同階級の防衛タイ記録を樹立(注・IBFはこの日のタイトル戦を認可せず)。対戦相手が格下だったために戦前から勝利は確実視されていたが、迫力たっぷりのKO劇はカリフォルニアのファンを魅了するに十分だった。

「相手は誰でもいい。ベルトが欲しい選手とは誰とでも戦うよ」

 36歳にして驚異のパワーを保持していることを証明したゴロフキンは、試合後のリング上で笑顔を浮かべた。

 今後の注目は、次のビッグファイトの相手に誰を選ぶかに移ってくる。特に日本の多くのファンの関心は、同級のWBA正規王座を保持する村田諒太(帝拳)とゴロフキンの対決が実現するかどうかだろう。

「ゴロフキンvs村田戦を東京ドームで開催したい」

 昨秋、今春と、村田のアメリカでのプロモーターであるトップランク社のボブ・アラムがそう語ったことが話題になった。当初は荒唐無稽な話と感じたファンも多かっただろうが、関係者の話を聞く限り、決して夢物語ではないようである。

 マーティロスヤン戦後の会見では現地記者からも村田に関する質問が飛び、ゴロフキンを抱えるK2プロモーションズのトム・ローフラーはこう答えた。

「ゲンナディには多くの選択肢が存在する。村田もその中のひとりで、上昇中の選手だ。日本のアリーナを満員にして、とてつもないテレビ視聴率を稼いでいる。実現すれば素晴らしいファイトになるだろう」

 このカードの実現に向けてのポジティブな要素は少なくない。

1.カザフスタン出身の王者は過去にモナコ、イギリス、デンマーク、ドイツ、ウクライナでも戦うなど、アメリカ以外での試合に抵抗がない

2.外国選手としては人気者のゴロフキンも、米国リングで常に超巨額のファイトマネーを稼ぐわけではない。直前に決まったマーティロスヤン戦での報酬は100万ドル(約1億900万円)。ファイトマネーは日本側が支払える範囲内に収まる

3.世界的に尊敬を集める帝拳ジムの本田明彦会長は、米国内のすべてのプロモーター、テレビ局と良好な関係を築いている
  
 逆に気がかりなのは、ゴロフキンはプレミアケーブル局のHBOと密接に繋がり、一方の村田を擁するトップランク社はESPN と独占契約を結んでいることだ。スポーツ界では今も昔もテレビマネー次第のところがあり、この所属局の違いはマッチメイクに響きかねない。

 ただ、ローフラーに直接尋ねると、この件もいわゆるディール・ブレイカー(破談に繋がる要素)にはならないという話だった。

「私たちは、ミスター本田とはとても友好的だ。理に叶うファイトであれば解決策を見つけるよ。ゲンナディはHBOと複数戦契約を結んでいるが、東京ドームでの開催ならとてつもないイベントになるからね」

 最近のHBOは資金難に悩まされており、高額報酬が必要なスターを抱えるのが難しくなっている。アメリカ人に比べてファイトマネーが比較的安価なゴロフキン、ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)、セルゲイ・コバレフ(ロシア)のような外国人選手に触手を伸ばしたのにはそういった背景もあった。このような状況下ゆえに、あくまで日本での村田戦限定で、「ゴロフキンのESPNへのレンタルをHBOは承諾するだろう」という考えがローフラーにはあるのかもしれない。

 このように、開催地やテレビ局、プロモーションの問題はいずれもクリアすることができそうだ。報酬面も大きな障害にはならず、ある関係者によると、東京ドームでのファイトならゴロフキンには1000万ドル(約10億9000万円)前後の報酬が支払われるという。

 だとすれば──。日本の英雄がミドル級の帝王に挑むという日本ボクシング史上空前のビッグファイトは、近い将来に本当に成立するのだろうか。

 もっとも、先走るのは禁物だ。ゴロフキンにとって村田は”選択肢のひとつ”ではあるが、”プライオリティ(優先事項)”ではないからだ。今のミドル級には多くのビッグネームが揃っている。

 元WBC王者サウル・”カネロ”・アルバレス(メキシコ)、WBO王者ビリー・ジョー・サンダース(イギリス)、 元WBA王者ダニー・ジェイコブス(アメリカ)、WBC暫定王者ジャマール・チャーロ(アメリカ)、元WBA、WBO世界スーパーウェルター級王者デメトリアス・アンドレイド(アメリカ)、IBF指名挑戦者セルゲイ・デレビャンチェンコ(ウクライナ)……。

 この中で、ゴロフキンのプライオリティがカネロとの因縁のリマッチであることは明白だ。ゴロフキンとカネロは昨年9月に”ミドル級頂上決戦”を行なったが、論議を呼ぶ判定での引き分け。今年の5月5日に再戦が決まっていたものの、カネロが禁止薬物検査でひっかかり、ラスベガスコミッションから出場停止を受けるという波乱の展開になった経緯がある。カネロは結局は5日の試合への出場を断念し、代わりに急遽組まれたのがゴロフキンvsマーティロスヤン戦だったというわけだ。

 カネロの出場停止は8月には解け、9月のメキシコ独立記念日の週末にゴロフキンとの再戦が仕切り直しされるかどうかが今後の焦点になる。因縁と遺恨のスパイスが加わり、リマッチではカネロが約5000万ドル(約54憶4400万円)、ゴロフキンもその半分を手にしそうなスーパーファイト。関係者の話を聞く限り、この試合が成立するかどうかは五分五分だという。

 ともあれ、冬以降のゴロフキン戦を目指す村田としては、上位の2人の動向がはっきりするまでに、まずは今夏から秋に予定されているラスベガスでの防衛戦で存在感と商品価値をアピールしておくことが優先課題となる。

「村田はまず10月のアメリカでの次の試合をこなすのが一番。ゴロフキン戦はその後だから2月か3月くらいを目標にするが、こちらの都合だけでは叶わない。(ゴロフキンとカネロが)9月に誰とやるかで話は全然違ってくるだろう」

 帝拳の本田会長は、トップランク社のアラムがぶち上げた”大晦日”ではなく、来春までの挙行を目指すという見通しを述べていた。この指摘通り、シナリオ通りに事が運ぶとは限らない。

ゴロフキンやカネロに挑み、ビッグマネーと名誉を手に入れようとしているボクサーは多い。9月に予定される両者の試合をきっかけに、壮大な椅子取りゲームが始まろうとしているのだ。

 具体的な話をすると、ゴロフキンがこれまで目標にしてきた4団体統一にこだわるならば、村田がそこに割り込むのは難しくなる。3団体統一王者のゴロフキンには、すでにIBFから指名挑戦者との対戦指令が出ており、8月3日が一応の期限になっている。この日程は難しいとしても、タイトルを保持したいなら遠くないうちにデレビャンチェンコ戦を組まねばなるまい。

 その他、チャーロ(WBC)、ジェイコブス(WBA)といった各団体の指名戦をこなしながら、WBO王者サンダースとの4団体統一戦の機会を模索する。そんなハードスケジュールの合間に、36歳になったゴロフキンが村田戦を挟むのは至難の業だ。

 しかし、ゴロフキンが”ハイリスク・ローリターン”でしかないデレビャンチェンコ戦を避け、4団体統一を断念した場合には話が違ってくる。そうなれば、タイトルにこだわって指名戦に縛られる必要はなくなる。その時にはカネロとの再戦、イギリスでのサンダース戦、日本での村田戦といったビッグイベントを追い求め、キャリア終盤に多くのファイトマネーを稼ぐことになるだろう。

 米国内では最大の商品価値を誇るカネロ、ボクシングファンのダーリン的な存在になったゴロフキン。現在のミドル級において、この2人に次ぐマーケットバリューを持つのは”日本における村田”であると言っても過言ではない。

 アメリカでゴロフキンvs村田戦を組んでもインパクトはそれほどないが、東京ドームに数万人の観衆を集めての一戦は、正真正銘のメガイベントである。会見時のローフラーの言葉を聞く限り、極東での大一番への興味は偽物とは思えなかった。帝拳ジムのアメリカでの存在感は言うまでもなく、日本史上最大の一戦は手が届く位置にある。

 まずは10月に予定される2度目の防衛戦を好内容で突破し、村田は目標のファイトに少しでも近づきたいところだ。その後、村田陣営の望み通りにシナリオが動いていくかどうか。自力ではコントロールできない物事も多いが、それほど難しいがゆえに、達成できたら大きな価値がある。

 世紀の大一番に向け、これから約1年が勝負。村田と周囲の関係者、そしてファンは、ジェットコースターに乗っているようにスリリングな日々を覚悟しておく必要がある。