やっとのことで全仏オープンのチャンピオンとなり、ほとんど半世紀ぶりに4大会連続でグランドスラム優勝を果たした世界1位のノバク・ジョコビッチ(セルビア)は、過去に彼を悩ませ続けたレッドクレーの上にラケットでハートの絵を描いた。 …

 やっとのことで全仏オープンのチャンピオンとなり、ほとんど半世紀ぶりに4大会連続でグランドスラム優勝を果たした世界1位のノバク・ジョコビッチ(セルビア)は、過去に彼を悩ませ続けたレッドクレーの上にラケットでハートの絵を描いた。  ジョコビッチが生涯グランドスラム(キャリアの間に4つのグランドスラム大会すべてで優勝する)を完成させるために、どうしても必要だった最後の優勝杯を手渡されたとき、彼は目を閉じてそれを頭の上に掲げ、キスをし、ふっと息を吐き出し、大きな笑みを浮かべた。のちに、ジョコビッチの父と友人たちは、その杯でお祝いのシャンパンをすすった。  12回目のロラン・ギャロス、4度目の決勝で、ジョコビッチは彼のニックネームである「ノール!」を繰り返し叫ぶ観客に励まされ、アンディ・マレー(イギリス)を3-6 6-1 6-2 6-4で倒してタイトルをつかんだ。  「本当に特別な瞬間だ」とジョコビッチ。「僕のキャリアで、もっともすばらしい瞬間かもしれない」。  2015年の全仏オープン決勝で敗れて以来、ジョコビッチは、ウィンブルドン、全米オープン、そして今年1月の全豪オープンと3大会連続で優勝。そして今、全仏オープンで優勝して、4大会連続の優勝を飾った。  「それはテニス界で本当に稀にしか起こらないこと」とマレーは言った。「ふたたび起こるには、また長い年月が必要となるだろう」。  4つのグランドスラム大会を連続で制したジョコビッチ。彼の前にそれを成し得た男子選手といえば、1969年のロッド・レーバー(オーストラリア)となる。レーバーは4大会連続優勝を一年のカレンダーの中で実現し、それを人々は年間『グランドスラム』と呼んでいる。ジョコビッチは今、そのテニスの究極の偉業に目を向けることができる。その偉業への中間点に立った男というだけでも、1992年のジム・クーリエ(アメリカ)以来のこととなる。  29歳のジョコビッチは、これまで全豪オープンで「6」、ウィンブルドンで「3」、全米オープンで「2」、そして今回の全仏オープンで「1」と、合計「12」のグランドスラム・タイトルを獲得してきた。男子選手で彼の上をいくのは、ロジャー・フェデラー(スイス)の「17」、ラファエル・ナダル(スペイン)の「14」、ピート・サンプラス(アメリカ)の「14」だけである。ジョコビッチはまた、全仏オープンで優勝したことにより、4つすべてのグランドスラムで、少なくとも1度は優勝している8人の男子選手の一人となった。

(1)フレッド・ペリー(イギリス)(2)ドン・バッジ(アメリカ)※年間グランドスラム1938年達成(3)ロッド・レーバー(オーストラリア)※年間グランドスラム1962、68年達成(4)ロイ・エマーソン(オーストラリア)(5)アンドレ・アガシ(アメリカ)(6)ロジャー・フェデラー(スイス)(7)ラファエル・ナダル(スペイン)(8)ノバク・ジョコビッチ(セルビア)  「今、彼は間違いなく、ベストの一角だ」と、ボリス・ベッカー(ドイツ)とともにジョコビッチのコーチを務めるマリアン・バイダは言う。「誰がもっとも偉大かは、決めがたいけどね」。  ロラン・ギャロスでジョコビッチがこれまでに喫した11敗のうち、6敗は対ナダル、1敗が対フェデラーだ。さらに、そのうち3試合が決勝での敗戦で、2012、2014年のナダルに対するものと、昨年のスタン・ワウリンカ(スイス)に対するものだった。昨年の決勝でワウリンカに敗れたとき、ジョコビッチの目は涙に濡れ、彼が準優勝のプレートを受け取ったときには、観客たちは普通以上に長い喝采で、彼を賞賛した。  ジョコビッチの今大会の道のりは、その3人に阻まれることはなかった。ともに故障のため、フェデラーは大会開始前に欠場を決め、ナダルは3回戦をまたずに棄権。そしてワウリンカは準決勝でマレーに敗れた。

 とはいえ、ジョコビッチにとって最大の敵は、この大会が彼にとってもっとも重要な大会であり、これまで征服することができずにきた唯一の大会だという認識だったかもしれない。  しかし、それも終わった。  「僕は、緊張感と興奮を感じていた。何から何まで、すべての感情をね」とジョコビッチは言った。  ファンに向けてハートの絵を描き、その中に入って仰向けに倒れたジョコビッチ。これは、3度全仏チャンピオンとなったグスタボ・クエルテン(ブラジル)がやったことで有名なジェスチャーである。 「ジョコビッチは、僕に(同じジェスチャーをやってもいいかと)許可を頼んできたんだよ」とクエルテンは笑いながら言った。  日曜日の空は雲に覆われていたが、驟雨に襲われ続けたここ2週間とは違い、雨は降っていなかった。

 ジョコビッチの入場とともに、「ノール!ノール!」という最初のコーラスが響く。 第1ゲームで彼がベースラインを軽やかに走り、最初のブレークに成功したときは、いっそう大きく、その掛け声は鳴り響いた。

 あたかも彼の故郷ベオグラードにいるかのような雰囲気に、マレーは観客がサービスの間に声を挙げることについて文句を言った。

 マレーのサービスにフォールトのコールがあり、主審のダミアン・デュミュソワによってそれが即座にオーバールールされたとき、騒音はいっそう大きくなった。ジョコビッチのリターンがアウトだっただったため、デュミュソワはマレーの30-0のリードをコールすると、ジョコビッチがリプレイを要求した。そのときの観客席からの大きなブーイングと不平の口笛は、プレーをいったん止めることになり、再開がだいぶ遅れた。  それでもマレーは、第1セットにケリをつけた。「不意にナーバスになってしまった」と試合後に認めたとおり、ジョコビッチはプレーが振るわず、マレーがひとつミスをおかす前に、フォアハンドで7本のアンフォーストエラーを提供してしまった。

 もしかすると、そのセットをつかんだあとのマレーは、ほっと息をついてしまったのかもしれない。反対にジョコビッチが不屈の意志を引き出し、流れを完全に変えた。マレーのファーストサービスの確率は落ちて、第2セットの彼は瞬く間に0-3とリードを奪われた。  「ノール!ノール!」  ジョコビッチが主導権を握る側になった。次第に疲労を増していく様子のマレーを、ふさわしい瞬間に、ふさわしいショットで振り回し、第2、3セットは24本のウィナーを決めた。  「ほぼ完璧なテニスだった」とジョコビッチ。  一方マレーはその様子を、「彼は、よりリラックスし始めていた」と表現した。  ジョコビッチがドロップショットを拾おうとスライドし、不可能にも見えるアングルへバックハンド・ウィナーを生み出したとき、彼は右手の人差し指を高く上げた。  「ノール!ノール!」と止まない声援。

 ジョコビッチは、第4セットの出だしにふたたびブレーク。そして、最後の数ゲームでいくつかのミスはあったものの、この長きにわたった全仏タイトルへの困難な旅は、ほどなく成就した。(C)AP