試合前のブルペンでは、あり得ないほどボールが暴れていた。 4月19日、ナゴヤドーム。今シーズン、2度目の先発を任さ…

 試合前のブルペンでは、あり得ないほどボールが暴れていた。

 4月19日、ナゴヤドーム。今シーズン、2度目の先発を任されていた松坂大輔は、バッテリーを組むキャッチャーの大野奨太と試合前、途方に暮れていた。

「ブルペンがあまりに最悪で、もう、どうしようかって(苦笑)。とりあえずマウンドに立ったら感覚的に何かが変わるかもしれないし、まずは1巡目、何が使えるかを見てみようということになって、試合に臨みました」



4月19日の阪神戦で、敗れはしたが7回2失点の好投を見せた松坂大輔

 初回、松坂はタイガースの高山俊、西岡剛、糸井嘉男の上位打線を3者凡退に抑えた。投じた15球のうち、ストレートが4球、スライダーが6球、チェンジアップが2球、カットボール、フォーク、カーブが1球ずつ。すべての球種を使って様子を探った。

「あれでなんとなく大丈夫かなという感じにはなったんですけど、2回、先頭の右バッター(ウィリン・ロサリオ)に真っすぐを当てちゃって……僕としてはあんな抜け方するとは思わなくて、ちょっとイヤだなと思いました。真っすぐに関しては、もうちょっと、腕が振れるようになればいいなぁって、そこはずっと思ってます」

 ストレートに関して、松坂はまだ手応えをつかめていない。それはキャンプのときから変わっていない。そういう状況でも、すかさず代わりのボールを見つけて、試合を組み立て直す。

 この日の軸はカットボール──それはランナーを置いてピンチを凌いだ2回、4回、7回のピッチングからもうかがえた。1点を失ってなお、ワンアウト一塁で7番の大山悠輔をショートゴロのダブルプレーに打ち取ったのは、アウトコースのカットボール。

 4回、ノーアウト満塁から福留孝介にショートゴロを打たせて、またもダブルプレーを奪ったのもアウトコースのカットボール。その間に三塁ランナーの生還を許してなお、ツーアウト三塁のピンチで糸原健斗をセカンドゴロに打ち取ったのも、インコースのカットボール。

 さらに7回、絶対に追加点を与えられないツーアウト満塁の土壇場で、代打の上本博紀を空振り三振に斬って取ったのも、アウトコースのカットボールだった。松坂は言った。

「真っすぐはカットで代用できると思ってるので、今日は右バッター、左バッター、インコースもアウトコースも両方、カットを使っていこうということにしたんです」

 ストレートは少なかったが、カットボールと合わせれば123球のうち67球と、半分以上は真っすぐ系で押し切ったことになる。この試合、ツーシーム系のボールを松坂は1球も投げていない。以前、動くボールについて、松坂がこう話していたことがあった。

「そりゃ、ボールを動かすのは、好きか嫌いかで言えば、嫌いですよ。それは昔から変わりません。でも、それと必要か必要じゃないかというのは別の問題です。今のボールを考えると、抑えるために何をしなきゃいけないかということは昔よりもさらに広げて考えなきゃいけない。その中で動くボールは選択肢のひとつだし、周りの人は力投派から技巧派になったとか言いますけど、そんな意識はない。僕はできることをやろうとしているだけですから……」

 ブルペンでボールが暴れてどうしようもない状況からでも、「嫌い」だという動くボールを使わず、抜けがちだったストレートの代わりにカットボールを軸に据えて123球を投げ切った。これが松坂の”引き出し”であり、修正能力の高さなのだ。この日、松坂のピッチングに垣間見えた技は他にもある。

 テンポのよさだ。

 メジャーで投げていたとき、独特の呼吸法を取り入れていたこともあって振りかぶってからの間(ま)が長く、1球あたりの投球間隔が平均で25秒ほどだったこともあった。それがメッツに移った2014年、20秒ほどに短縮され、この日はランナーがいない場面で12秒から15秒の間隔で投げていた。そのことを松坂に訊くと、彼はこう言った。

「そこについては、あえてそうしています。基本的にはよほど自分の意図と違うサインが出ない限りはクビも振らないし、間をあけずにポンポンと投げていくことを意識しているんです。

 ただ、そのリズムが一定にならないようにちょっとした変化はつけてますね。投げるタイミングにも緩急をつけてますし、キャッチャーからのボールを受け取ったあと、まっすぐ戻ることもあれば、ぐるっと回って横から戻ることもある。マウンドの後ろまで下がってリセットすることもあります。テンポをよくすることばかり考えてしまうと同じリズムになってしまうので、そうやって変化をつけて投げ急ぐことのないように気をつけています」

技はいくつも持っている。しかし、ホークスのときは肩が痛くて、投げることができなかった。痛みの原因を特定することもできず、忸怩(じくじ)たる思いを抱えながらリハビリを続けた。そのリハビリが正しいほうを向いているのかさえわからないまま、できることを尽くしても痛みは消えない。

 ようやく肩がハマった感覚を得たのが、去年の秋。誰もが、松坂はもう終わりだろうと決めつけていた最中、松坂だけが、肩の痛みがなくなったときの自分のボールに対する自信を失っていなかった。だからホークスからの育成契約のオファーを断り、投げる場所を探そうとしたのである。世界中、どこで投げる覚悟もできていた。あまりそういうわかりやすいことを言いたがらない松坂が、こんなふうに話していたことがある。

「野球が好きで好きで仕方がないところは、野球を始めてからずっと変わりません。ケガをしたり、イヤなことがあって、嫌いになりかけたこともありましたけど、本当に野球が嫌いだと思ったことは一度もありません」

タイガースとの試合は6回を終わって松坂の球数は101球。誰もが続投はないと思っていたら、1-2とドラゴンズが1点ビハインドの7回表、松坂がマウンドに上がる。そしてツーアウト満塁のピンチを背負うと、ナゴヤドームのスタンドからは期せずして拍手が沸き起こった。代打の上本が打席に立ったその初球、ストライクを取ると、それだけで球場は大歓声に包まれる。とても負けている試合とは思えない。この盛り上がりについて、松坂は言った。

「逆転できる雰囲気を作りたいという気持ちはありました。そういう意味ではあの声援はありがたかったですね。打たれながら、フォアボール出しながらでハラハラさせてしまいましたけど、ここは絶対に抑えなきゃいけないところで、どうなんだ、どうなんだと思わせておいて抑えるというのは、リードされている展開ではいい終わり方だと思います。雰囲気が後押ししてくれるということで、自分のミス(4回、ピッチャーゴロを弾いて塁に出した西岡を福留のダブルプレーの間に生還させてしまい、結果、この1点が決勝点となった)から失った流れを取り戻せたらいいな、という気持ちはありましたね」

 最後は上本を空振りの三振に仕留めて、松坂は右拳を強く握り、グラブをポーンと叩いた。ドラゴンズのユニフォームを着てから初めてのガッツポーズに、スタンドのボルテージはマックスまで跳ね上がる。プロ20年目、37歳の松坂が投げた123球には、幾多の修羅場をくぐり抜けてきた技術の”粋”が詰まっていた。

 4月5日のジャイアンツ戦で96球を投げ、中12日空けたこの日のタイガース戦で123球を投げた。怖かった反動もなく、現時点で次回は中10日空けての4月30日、ベイスターズ戦での先発が予定されている。

「自分の中ではバテたという感覚はなかったので、もう一段階、投げられる状態としては上がってきたのかもしれないですね。中6日でいけと言われたら、いけると思います。(森繁和)監督からも『いずれは中6日で回ってもらうときが来るから、いけるのかどうかだけ確認しておいてくれないか』と言われてますし、僕ももう少し暖かくなってきて、日程的に必要な時期が来たらそれでいくつもりでやってますから……僕は、僕のことをフルで使い回してほしいんです。チームとして、使えるだけ使いたいと思ってもらえるような、そんな状態にできたらいいなと思ってます」

 どこかでいたわるように、半ば遠慮しながら、しかも半信半疑で見つめていた目が、確かに変わり始めている。どうせ客寄せパンダだという声を松坂が聞き流すことができていたのは、肩が痛くなければ投げられる、投げられればバッターを抑えられる、抑えられれば勝てるという、揺らぐことのない自信があったからだ。そしてここまで、ドラゴンズの松坂は投げられているし、バッターを抑えられている。あとは、勝つだけ──その瞬間は、そんなに遠くはないはずだ。