ヤクルトは開幕5カードを8勝7敗と勝ち越し、「再起」への大きな一歩を踏み出した。そのなかで強く印象に残っているのが…
ヤクルトは開幕5カードを8勝7敗と勝ち越し、「再起」への大きな一歩を踏み出した。そのなかで強く印象に残っているのが、小川淳司新監督が掲げる”スモールベースボール”の意識がチーム全体に浸透していることだ。流れるような攻撃シーンは、「こんなにも簡単に点が入ってしまうものか……」と思わず唸(うな)ってしまった。

小川監督が掲げる
「スモールベースボール」のカギを握るひとりの西浦直亨
宮本慎也ヘッドコーチに、”スモールベールボール”について聞くと、こんな話をしてくれた。
「去年までは”打て、打て”の野球でしたが、今年はノーヒットでも点を取れるようにしようと……。石井(琢朗)打撃コーチが話すように、極端にいえば、四球で出塁したランナーが盗塁して、バントで三塁に進め、犠牲フライや内野ゴロで1点を取る。
やはり、いい投手を相手にするとなかなか得点できません。そういう部分で、右打ちも含めたチームバッティングですよね。畠山(和洋)も4月6日の巨人戦で、サインは出ていましたがしっかり進塁打でランナーを進めてくれた。当然”バント”も(作戦のなかに)入ってくるわけで、今のところ成功率も高いですし、うまくいっています」
宮出隆自(りゅうじ)打撃コーチと選手たちの”過酷なバント練習”に気づいたのは、開幕2戦目となるDeNA戦(横浜スタジアム)の試合前練習のときだった。
「今日の先発は(DeNAの)バリオスだから、カットボールとツーシームでいくから。バントをやらせようと思って投げないからな」と、宮出コーチが向き合ったのは山崎晃大朗。2人の距離はかなり近く、そこから思い切りカットボールとツーシームを投げ込むのである。山崎は「うわっ」と目を見開きボールに集中するも、まともに転がすことができない。
「めちゃめちゃ難しいよ。8割は失敗」
山崎は、この様子を興味深そうに眺めていた上田剛史に向かってそう言った。気がつけば、バックネット前のバント練習スペースには選手たちの輪が広がっていた。見事なバントを決めた選手には「ナイスバント!」と声がかかり、空振りをすれば「空振りはまずいよ」と檄が飛ぶ。どの顔も真剣そのものなのだが、どこか楽しそうに見える。
今シーズン、ヤクルトの犠打は20個でリーグ最多を記録している(4月15日現在)。失敗は一度しかなく、ほとんどのバントが見事な転がりを見せている。4月7日の巨人戦(神宮球場)では5つの犠打を成功させ(うち1つは野選)、4つが得点に絡むなど、チームはスモールベースボールで15得点を挙げ勝利した。
宮出コーチは言う。
「スモールベースボールとバントは切り離せないですからね。いいところに転がればヒットにもなるし、相手の悪送球だってあります。バントって、いろんな意味でゲームを支配するので、決めるところでしっかり成功させないと相手に流れを持っていかれます。
今のバント練習は去年のシーズン中盤ぐらいから取り組んでいて、あの短い距離から強いボールを投げているので、体感では150キロから160キロぐらいあると思います。あの練習は、選手たちが気持ち的に楽に打席に入れる環境づくりが狙いです。最初はある選手の特別メニューでしたが、今はほかの選手からも『投げてください』とリクエストがきます。ピッチャーの石川(雅規)も自分からお願いにきましたから」
その石川に、至近距離からのバント練習に自ら参加した意図を聞いた。
「僕らピッチャーは、そういう場面できっちり送ることが重要になります。それがチームにとっても自分にとってもプラスになりますし、しかも今年は1番に山田(哲人)がいますからね。それにしても宮出コーチの球は速いです(笑)。本当に怖いんですけど、あれをやっておくとゲームでも自信を持って打席に入れる。ほかのピッチャーたちもやったらいいと思います」
宮出コーチはバント練習中、選手たちに「一発で決めろよ!」と厳しい口調で何度も繰り返す。
「追い込まれてからのバントは難しいですし、野球って見えない流れがありますからね。一発で決めると、次の打者も『さあ、行くぞ』という流れができる。先制点は試合を優位に進める上で大事ですし」
中村悠平は4月4日の広島戦(神宮球場)で先制の二塁打を放ったのだか、前の打者である廣岡大志が一発で犠打を決めた直後の打席だった。中村は言う。
「一発で決まると、打席で集中できるというか、気持ちも入っていけますし、ベンチも盛り上がりますよね」
宮出コーチが選手たちにボールを投げるのはビジター球場限定で、本拠地・神宮球場ではマシンの距離を近くしてバント練習を行なっている。
「神宮では肩を休ませています」と笑う宮出コーチだったが、4月6日からの巨人との3連戦では、山崎のリクエストに応えて「よし、やるか」と強いボールを投げ込んでいた。宮出コーチは「バントへの意識が選手たちに浸透してきていますよね」と、手応えを感じているようだ。
山崎は「バントに対する意識がより強くなりました」と言い、こう続ける。
「1番の山田さんは足がありますし、僕のうしろを打つココ(バレンティンの愛称)のバッティングは強力ですからね。僕の役割は、いかにココが山田さんをホームに還しやすい状況に持っていけるか。そのためにはバントだったり、小技でチャンスを広げることを目指してやっています」
前出の宮本コーチに「バントにはスランプがなさそうですし、今後も得点が期待できますね」と言うと、こんな答えが返ってきた。
「じつは監督も僕も、バントを多用しようという考えはそれほどありません。監督が場面、場面で判断されてサインを出しているだけで、何がなんでもバントではないんです。それに、バントにもスランプはありますよ。ちゃんとした技術を身につけないと、1回の失敗でうまくいかなくなってしまうことがあります。バントは大事な試合や、好投手同士の投げ合いになると必要になってきます。そういう意味で、この練習は今年だけでなく、ずっと続けていかないといけません」
戦前の予想を覆(くつがえ)し、上位争いを繰り広げているヤクルト。決して派手さはないが、小川監督の掲げる”スモールベースボール”は着実に浸透し、チームを変えようとしている。この先、どんな戦いを見せてくれるのか。今シーズンのヤクルトは”要注意”である。