「十年ひと昔」とはよくいったものだ。 正確な日付は覚えていないが、10年近く前、ベティスに日本人選手が加入する可能性があるという情報が入ってきた。そこで広報担当者に電話で獲得の可能性はあるのかと確認したところ、返ってきた返答は次のものだ…
「十年ひと昔」とはよくいったものだ。
正確な日付は覚えていないが、10年近く前、ベティスに日本人選手が加入する可能性があるという情報が入ってきた。そこで広報担当者に電話で獲得の可能性はあるのかと確認したところ、返ってきた返答は次のものだった。
「は? ベティスが日本人選手を獲得する? そんなことは絶対にありえない」
もちろん、個人の記憶や感情から多少のバイアスがかかっていることは否めないが、「ベティスが日本人をとることなんてありませんよ」というニュアンスだった。
ベティスのホーム、ベニト・ビジャマリンで行なわれた4月7日のリーガエスパニョーラ第31節ベティス対エイバル。2対0とホームチームが勝利を飾ったこの一戦で、日本人MF乾貴士に向けられた歓声や拍手を聞くうちに、そんなことを思い出した。それは10年前の”門前払い”が嘘のような大きな歓迎だった。
ベティス戦に途中出場すると大きな歓声が湧いた乾貴士(エイバル)
この日、筆者はスタジアム周辺を歩いているだけで、ファンから「Inui!」と呼びかけられた。記者席に着くやいなや、地元記者からは「いつ乾は引っ越してくるのか?」「空港で先週、偶然会ったが、乾はいいやつだな」と話しかけられた。すでにベティスのファンや記者の間では、移籍が決定事項になっているかのような会話が自然にかわされていた。
試合前日にはセビージャの地元ラジオ局から乾に関して取材を受けた。日本での乾の扱われ方やサッカーの話がひと通り終わると、今度は彼らからセビージャの街のよさを聞かされるはめになった。「アンダルシア地方、セビージャの寿司がスペインのなかで一番うまい」という、どう考えても納得できない話もされた。
ちなみにセビージャは、スペインの中でも日本人が経営している日本食レストランが少ない都市である。その街の寿司がおいしいとはとても思えないし、美食に関していえば、エイバルのあるバスク地方のほうが、サッカーで言うところのチャンピオンズ・リーグのレベルであることは周知の事実だ。
話が横道にそれてしまったが、もはやベティスの人々からは、日本人選手を獲得することへのアレルギーのようなものは全く感じられない。実はすでにベティスは日本人選手を獲得している。女子サッカーのGK山根恵里奈選手が、今季からベティスの一員としてプレーをしているのだ。
エイバル戦の後半18分、乾が交代でピッチに入ると、ベティスの生きる伝説であるホアキンが入ったときと変わらない大きさの拍手と歓声が送られた。同じタイミングで途中出場したアンデル・カパに対してはブーイングが飛んだ。
「ベティスに行く、行かないの話は抜きとして、そういう拍手をしてもらえることは嬉しいことです」
「(移籍のことは)気にせずやっていきたい。どっちにしてもあと7試合。自分のパフォーマンスをよくしていかないといけないと思っている」
試合後、ミックスゾーンで乾は、現時点では敵であるベティスサポーターの反応を素直に喜びながら、エイバルの選手としていい形でシーズンを終わらせることを一番に考えていると語った。
まだ本人の口からの正式な発表はない。ただ、「獲得は心からの希望だ」と乾を迎え入れるベニト・ビジャマリンには、間違いなく日本人プレーヤーを歓迎する雰囲気が満ちていた。