甲子園に出てくるチームは、間違いなく強い。だが、「うまい(技量が高い)」かというと、必ずしもそうとは言い切れない。個々の力はあるのに甲子園に出られないチームが数多くあるなか、個々の力はないのに甲子園に出られるというチームもある。 今大会、…

 甲子園に出てくるチームは、間違いなく強い。だが、「うまい(技量が高い)」かというと、必ずしもそうとは言い切れない。個々の力はあるのに甲子園に出られないチームが数多くあるなか、個々の力はないのに甲子園に出られるというチームもある。

 今大会、鮮烈な印象を残した彦根東(滋賀)はまさに後者のチームだった。



昨年夏に続き、2季連続甲子園出場を果たした彦根東ナイン

 昨夏に続いて2季連続での甲子園出場になるが、前チームでレギュラーだったのはエースの増居翔太と二塁手の朝日晴人くらい。メンバーは大きく入れ替わっている。そんなチームが再び甲子園に出場し、力を出し切った背景にはどんな要因があったのか。

 彦根東には増居という絶対的なエースこそいるものの、決してワンマンチームというわけではない。選手たちに話を聞くと、ひとりひとりが独立していると感じる。チームとしての太い柱はありながら、個人が考え、有機的にプレーしている。だから彦根東の選手は気後れすることなく大人と会話ができるし、話を聞いていても面白い。

 3月28日、センバツ初戦の慶應義塾(神奈川)戦で6番打者・高内希が8回に逆転3ラン本塁打を放ったシーンなど、彦根東の強さが凝縮されていた。

 高内は、エースの増居が「練習で全然打っていなかったので、正直言ってあまり期待はしていなかった」と冗談めかして語るほど、不振に喘いでいた。この日も1打席目は投手ゴロに倒れており、「ヤバイな」と感じた高内は策を講じる。

 普段使っていた84センチのバットから、公式戦で一度も使っていない80センチの短いバットに持ち替えたのだ。その意図を高内はこのように明かす。

「相手ピッチャーはインコースに自信を持っていて、低めの変化球は前のバッターのときから(ストライクが)入っていなかったので、インコースで勝負に来ると思っていました。インコースを打つためにはバットを短く握るよりも、短いバットを使う方がいいと自分で判断しました。80センチのバットに替えてからコンパクトに振れるようになっていました」

 8回の逆転弾は狙い通り、インコースのストレートを捉えたもの。高内はただ気分でバットを替えたのではなく、相手バッテリーの配球を読み、根拠を持って替えたのだ。

 この日のように、彦根東というチームは試合後半に得点を挙げることが多い。3番を打つ朝日は「後半勝負の練習をしてきました」と証言する。

「普段から8回、9回に確実に1点を取る練習をしています。たとえば、ランナー一、三塁の場面でしっかりと転がすとか。いろんなバリエーションの攻撃練習をしてきました。練習試合でも、前半に負けていても後半に勝ち越すケースが多かったので、公式戦で焦らなくなりました」

 試合を作ってくれる増居という軸の存在、そして「後半勝負」という戦術。それらのよりどころがあるからこそ、彦根東は自信を持って戦えるのだろう。

 そしてもうひとつ、選手たちの口からキーワードとして挙がったのが「集中力」だ。4番に座る野嵜重太(のざき・しげた)はこう語る。

「僕たちは体の大きな選手もいないし、ホームランバッターもいません。でも、たとえ打てなくても、チャンスを作って集中打で1イニングに得点を多く取って勝ってきています。チャンスでの勝負強さ、集中力は武器だと思います」

 集中力──。

 目で見えるものではないだけに、観念的に捉えられがちだが、彦根東の多くの選手から「集中力」という言葉が出てきた。それでは、彦根東の選手にとっての「集中力」とは何か。朝日に聞いてみた。

「『流さない』ということです。練習をこなさない。このメニューにどんな意味があるのか? と自分で考えて、自分で動く。それが集中力につながっていくと考えています」

 常にアンテナを張り巡らし、小さなことにも疑問を抱いて日々を過ごす。そんな積み重ねが試合での「集中力」につながっているという。そして、それは彦根東が県内でも有数の進学校であることと無縁ではない。野嵜は「勉強によって集中力が養われている」と言い、朝日も「勉強することによって野球につながってくると思います」と語る。

 彦根東の村中隆之監督は「文武両道」ならぬ、「文武同道」を選手たちに説いている。

「『勉強も一緒だ』といつも選手には言っています。勉強をしていると、わからない問題が出てきてその対策を立てますよね。野球も試合が進んでいくうちに、問題点が浮き彫りになってきて、その対策を練る。野球も勉強も、人間的に成長するためにしているわけです。その成果として野球で甲子園に出られたということはありますが、人間としての成長という目的は同じです」

 勉強も野球も、どちらも「同じ道」と捉えて努力するからこそ、得られる武器がある。そして甲子園という大舞台で全国の強豪を相手に対等に戦うために、もうひとつポイントになることがあると野嵜は言う。

「有名なチームは体格も大きいし、個人の能力ではかないません。でも、ベンチもスタンドも全員で力を合わせて、たたみかけることで、勝負ができると考えています」

 彦根東が甲子園に出場すると、アルプススタンドは大応援団によって真っ赤に染まる。さらに通常よりもアップテンポな応援曲は、対戦チームの焦りを増幅させる。そんなスタンドの後押しとともに、選手たちを力づけるのはベンチの「内助の功」だ。

 その中心的な役割を担っているのが、背番号11をつけた控え内野手であり、チームの主務を務める北村駿である。北村がベンチから見ているポイントは、選手の「顔」だという。

「僕はいい人間、明るい人間がいいプレーをできると思っています。試合で緊張していっぱいいっぱいになっている人もたまにいるので、そこで僕が大きな声で『いい顔をしろ!』『笑顔で!』と緊張をほぐしてあげたい。視野が狭まっていると、いつも通りのプレーなんかできませんから」

 一方で、「監督がこう言っていたぞ」などと、選手を迷わせ、動揺させるような言葉は試合中には言わず、試合後に伝えるようにしているという。そしてNGワードは「何してんねん!」だという。

「僕自身、よく失敗するので気持ちがわかるんですけど、ミスしたくてしているわけではないし、やっていること自体を否定されると泣きたくなるんで(笑)」

 もちろん、競争心を刺激するためにあえて「何してんねん!」と身内を叱咤する強豪校もあるだろう。だが、そんなバリバリの強豪を向こうに回して彦根東が勝つには、ベンチがグラウンドで戦っている選手の不安を取り除いてあげるほうが近道だ。そう考えた北村は、常にポジティブな言葉を選手に投げ掛けている。

 そして、ベンチにも「集中力」はある。試合終盤、「ここが勝負どころだ」と判断すれば、北村を中心としたベンチにも「スイッチ」が入る。

「声を途切れないようにします。集中打のときはベンチが大盛り上がりで、全員が笑顔で声を出している。そういうときに集中打が出やすいということを、僕たちは練習試合を通してわかってきたので」

 彦根城の敷地内に学校があり、打撃練習が満足にできない環境。進学校であり、強豪校と比べれば時間が限られる練習量。言い訳をしようと思えばいくらでもできるはずだ。しかし、彦根東は本来マイナスに働きそうな要因をことごとくプラスに換え、甲子園球場を沸かせるほどのチームに成長した。

 3回戦の花巻東(岩手)戦では増居が9イニングをノーヒットに抑えたものの、得点を奪うことができず延長戦の末に敗れた。だが、その戦いぶりは大いに「強さ」を感じさせるものだった。

 今春の彦根東の戦いぶりにヒントを得たチームも多いに違いない。100回大会を迎える夏の甲子園でも、そんなチームが甲子園の常連校・名門校を苦しめるシーンが再び場内の喝采をさらうのだろう。