生死の淵をさまよったラモス瑠偉が日本サッカー界に帰ってきた。 成績不振によりJ2・FC岐阜の監督を解任された5カ月…

 生死の淵をさまよったラモス瑠偉が日本サッカー界に帰ってきた。

 成績不振によりJ2・FC岐阜の監督を解任された5カ月後の2016年12月29日、ラモスは自宅で脳梗塞を発症して病院に搬送された。

 一時は容態の急変も心配されたが、幸い大事には至らず、医師も驚くほどの懸命なリハビリで順調に回復。2017年3月には活動を再開し、そして今年の2月にビーチサッカー日本代表の監督に”復帰”することが決まった。



過去のビーチサッカーW杯で、好成績を残してきたラモス監督

 2月14日に行なわれた就任会見では、「何人かの選手は喜んでいるけど、何人かの選手はビビってる。”鬼”が帰ってきたから」と笑顔を見せた。ビーチサッカーの代表を率いるのは今回が3度目だが、芝ではなく砂のピッチで戦うことを決めた理由を、おなじみの”ラモス節”でこう述べる。

「生意気を言わせてもらうと、日本でビーチを始めた男は私ですから」

 日本は、1997年にブラジル・リオデジャネイロで開かれた第3回ビーチサッカー世界選手権に初出場(アジア勢として初)。当時はまだ、国際サッカー連盟(FIFA)も日本サッカー協会もビーチサッカーに関わっておらず、ヴェルディ川崎で現役だったラモス監督を含め、なんとか選手をかき集めて出場にこぎつける状態だった。

 2005年に初めて開催されたFIFAビーチサッカーW杯では、日本代表の監督としてチームをベスト4に導いた。競技人口が少なく、練習する環境さえ整っていなかった日本の快進撃は世界に衝撃を与えた。

 その後、2009年と2013年の大会でも監督を務め、どちらもベスト8進出を果たしている。その間にはアジア選手権で連覇(2009年、2011年)を達成しており、決して「生意気」ではなく、ラモス監督は日本ビーチサッカーの第一人者として輝かしい実績を残してきたのだ。

 ビーチサッカー日本代表は、第1回W杯でベスト4という成績を残したことから、すべてのサッカー日本代表の中で「最も世界の頂点に近い」とも言われていた。だが、期待されながら足踏みを続けているうちに、なでしこジャパンが先に「世界一」の称号を手にした。

 昨年のアジア選手権(兼ワールドカップ・アジア予選)では、急成長を遂げているUAEやイランといった中東勢に苦戦して3位。滑り込みでW杯切符を手にしたものの、W杯バハマ大会は予選リーグで1勝2敗と精彩を欠き、3大会ぶりに決勝トーナメントに進むことができなかった。

 世界一への道は遠のき始めている。近年の代表チームについて、ラモス監督は「アジアで勝つことはまったく簡単じゃない。でも、A代表もそうだけど、粘りやファイト溢れるプレーが足りない」と苦言を呈す。

「選手たちにはもう一回、日の丸の重みを感じてほしい。ビーチだろうがフットサルだろうが、野球だろうがゲートボールだろうが、どんな競技でも代表に選ばれたら日本を背負っていることに変わりはない。もっとプライドを持ってプレーしてほしい」

 その物足りなさを埋める指揮官として、ラモスほど適任な男はいない。

 ビーチサッカーの国際Aマッチに102試合、W杯に7度出場し、過去にラモス監督のもとでもプレーした田畑輝樹(てるき・ヴィアンティン三重BS)は、「やはり熱い人。『最終的には気持ちだ。絶対に負けてはいけない』ということは常に言われました。勝負への情熱はトレーニングにも表れていた」と当時を振り返る。

 2019年に開催されるW杯に出場し、ベスト4以上の成績を残すための戦力について、新監督は会見で「何人か声かけてみようかなと……。(中村)俊輔や遠藤(保仁)とかどうかな」と発言して会場を沸かせた。

 さすがに現役の、しかもJリーグのシンボルとも言っていい選手の合流は難しいだろうが、ラモス監督は「内緒で考えていることもある」とも明かしている。過去には、元日本代表の前園真聖氏を2009年のW杯メンバーとして選出した経緯もあるだけに、現役を退いた大物の思わぬカムバックがあるかもしれない。

 こういった大胆な考えを口にすることについては、「ビーチサッカー全体を盛り上げていきたい」という思いもあるに違いない。

 日本が世界どころかアジアでも後れを取り始めているのは、プレー環境の差も影響しているだろう。日本でもチームは増えており、試合や大会も増加傾向にはあるが、ビーチサッカーコートをはじめとした施設はまだ少ない。

 一方、イランやUAEなどの国では施設が充実し、十分な練習時間を取ることができるうえ、金銭面での選手の待遇も日本とは大きな差がある。さらに、中東地域はビーチサッカーの強豪国が多いヨーロッパに近く、ヨーロッパ各国とのフレンドリーマッチやリーグへの参加がしやすいという利点もある。

 その差を埋めるために、ラモス監督が求めるのは単なる勝利ではない。

「日本のビーチサッカーを何とかしないといけない。ワールドカップに出ても、その後にビーチがなくなってしまうようなことになってはダメ。もっとビーチサッカーに興味を持てるよう、若い世代のために環境を作っていくのが僕の仕事だと思っている」

 サッカー王国・ブラジルではビーチサッカーの人気も非常に高い。かつてはロマーリオが代表でプレーするなど、7万人もの観客が集まるゲームもある。特に、ラモス監督の故郷であるリオデジャネイロはビーチサッカー発祥の地であり、有名なコパカバーナ・ビーチでは、多くの市民が毎日のようにプレーを楽しんでいる。

 ラモス監督の「ビーチサッカーを愛している」という言葉には、我々が思っている以上に熱がこもっている。3月中旬の沖縄合宿で始動した”ラモスジャパン”は、指揮官の熱き思いに応え、来年3月に行なわれるアジア選手権を勝ち抜けるのか。日本ビーチサッカーの未来は、「ビーチが似合う男」を自称する新監督の手に委ねられた。