ポイント間に咳き込む姿が、見る者にも息苦しさを感じさせる。 長いラリー後にひざに手を当て、肩で息を整える様(さま)が、彼が何と戦っているかを物語る。「ちょっと、長いポイントはきついですね。まだ咳が治っていないので……」 試合後に明かすその…

 ポイント間に咳き込む姿が、見る者にも息苦しさを感じさせる。

 長いラリー後にひざに手を当て、肩で息を整える様(さま)が、彼が何と戦っているかを物語る。

「ちょっと、長いポイントはきついですね。まだ咳が治っていないので……」

 試合後に明かすその間にも、軽い咳をひとつふたつと吐き出した。



フルセットまでもつれ込みながら初戦を制した錦織圭

 約4週間前に引いた風邪は、その後も長く錦織圭の身体にとどまり、先週のインディアンウェルズ・マスターズは棄権せざるを得なかった。コーチのダンテ・ボッティーニによれば、「40度近く熱が出て、まともに練習できない状態が続いていた」という。

 そのような状況下で迎えたマイアミ・マスターズの2回戦(1回戦はシード免除)は、炎天下のなか、長く苦しい戦いとなる。

 久々の実戦ということもあり、「最初は緊張も硬さもあった」。左右に走らされると息が切れるのか、ミスをしては「あーっ!」と苛立ちの声もあげる。それでも彼は「カモン、カモン!」と自分を鼓舞し、ドロップショットやボレーでプレーに変化をつけながら、なんとか活路を見出した。

 スコアは7−6、4−6、6−3。2時間51分を戦い終えた錦織のほほや鼻は、激闘の爪痕を残すように赤く火照っていた。

 結果的にフルセットにもつれ込んだ試合だが、勝利への大きな足がかりとなったのは、苦しみながら奪った第1セットだ。

 先にブレークされ、ゲームカウント2−5からのサービスゲームでもミスが続き、2本のブレークポイントを許す。その窮状からまずはサーブ、そしてドロップショットとバックのストレートで巻き返すと、続くゲームをブレークした。5−6からのサービスゲームでもブレークの危機に瀕(ひん)するが、ここで渾身のウイナーを叩き込み、「カモーン!!!」と裂帛(れっぱく)の叫びをあげる。計6度のセットポイントをしのいだ錦織は、タイブレークの末に第1セットをもぎ取った。

 第2セットに入ってまもなくしたころ、遠く離れたセンターコートから大歓声が聞こえてくる。続いて響く主審の声は、ひじの手術から復帰して間もないノバク・ジョコビッチ(セルビア)が敗れたことを告げた。それは、ケガなどからの完全復帰がいかに困難かを通達しているかのようでもあった。

 ケガといえば、錦織とネットを挟むジョン・ミルマン(オーストラリア)も2度の肩の手術を経験し、昨年は股関節にもメスを入れている。その影響も少なからずあっただろうか。予選を含めてこれが4試合目のミルマンは、第2セット中盤から幾度も腰を拳で叩き、屈伸を繰り返すようになる。錦織は、そんな相手のプレーのレベルが若干落ちたことに気づいていた。

「彼のプレーがファイナルセットで落ちた感じがあった」ため、まずは「自分のレベルを下げない」ことを意識する。そのうえで「なるべく自分から攻め、相手にプレッシャーをかける」ことを心がけた。最終的に錦織に勝利をもたらした要因とは、潮目を見極める「試合の読解力」と、なにより「負けたくない」という意志にあっただろう。

 かくして錦織は、昨年8月に手首のケガで戦線離脱して以来、マスターズ大会では初となる勝利を掴み取った。その錦織が3回戦で対戦するのは、フアン・マルティン・デル・ポトロ(アルゼンチン)。先週のインディアンウェルズ優勝者であり、錦織とはジュニア時代からのライバルであり、そして両手首の手術から奇跡的な復帰を果たした、不屈の男でもある。

 自らもケガの多いキャリアを過ごしたためだろうか、錦織はデル・ポトロにシンパシーを覚えるような発言を、これまでも多く残してきた。デル・ポトロが左手首のケガで2年近く戦線離脱した際には、「復帰してもまた痛みが出たみたいで……かわいそうですね……」と深い同情を示した。2016年のリオ五輪で銀メダルを取るなど完全復帰の兆しを見せ始めたときには、「一時は引退も考えたでしょうから、うれしいですね」とその帰還を喜んだ。

 そして今回--デル・ポトロの約4年ぶりのトップ10への返り咲きを、錦織はやはり祝福する。

「やっと……という感じですね。今の強さはすごいと思います。バックも去年と全然違いますし。フォアは相変わらずですが、バックが強くなって弱点がなくなってきた。

 でも、うれしいですね。グランドスラムを取れる可能性のある選手が、ケガから復帰したのを見るのはうれしいです」

 一方のデル・ポトロも、錦織の復帰を待ち望んでいた様子。

「錦織とは(数日前に)練習したが、手首はおそらく100%大丈夫だろう。錦織には、とても強烈な両手打ちのバックハンドがある。特にリターンがいい。調子のいいときの彼は、誰にでも勝つ力がある。僕も今日よりはるかに良い試合をしないといけない」

 2回戦でフルセットの接戦を際どく勝ちきったデル・ポトロは、そう言い表情を引き締めた。
 
 両者の対戦は過去7回で、デル・ポトロが5勝2敗とリードする。直近の対戦を制したのは当時9位の錦織で、32位のデル・ポトロは完全復帰への道半ばにあった。

 そのふたりが今回は、立場を入れ替え再戦する。

「自分のプレーをしっかりすれば、チャンスはある」と錦織が闘志を高め挑む試合は、彼に完全復帰の方位を示す、ひとつの道標となる。