「選抜第2日」 由利工-日大三 6回裏、1死満塁のピンチにマウンドに集まる由利工ナイン=甲子園【写真提供=共同通信社】


文=清水岳志

 

秋田県立由利工業高校の渡辺義久監督はゲーム前の練習、選手がキャッチボールをする景色を眺めて涙が出て来たと言う。
「長年、OBの方々の思いがあって、ようやく夢舞台に立てる。ノックで選手の動きが良かったんで、やってやるぞと。経験したことのない、最高の景色でした」

挑んだ相手は東京の強豪、日大三高。
3回までは0対0で互角、むしろチャンスを作って由利工が押していた。
「うちのリズムでやれた。決めるべきところで1点を取っていれば、違った展開もあったかもしれません。終盤は三高さんの猛打に完敗でした」と渡辺監督は悔やんだ。

4回裏に日大三のキャプテン、日置航にソロホームランを打たれ、エースの佐藤亜蓮が力んで連打を許し、1点を追加された。6回からも3イニング連続で1失点ずつ。ノーエラーの好ゲームだったが結局、5対0でゲームセット。

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でも、ゲーム後のインタビューでは力を出し切って、指揮官の表情は清々しかった。
「技術勝負なら三高さんとコールドぐらいの差がある。そこを臆することなく最後まで食らいついてくれた。辛い練習を頑張ってやった。それを信じて迷う事なく、思い切って泥んこになりなさいと。ゲームセットの時は倒れるぐらい集中して行こうよと。離されずに諦めなかった。

 グランドに出れば監督の指示は通らない。ヒットを打たれて点を入れられても、次の塁をねらった走者を刺してくれた。声の連携をして、よく気づいてくれました。仲間を信じてワンアウトとったなと嬉しかったです」

 初出場となったのは、車イスの修繕や高齢者の住宅、保育園の電気工事など地域との温かい交流を評価されて21世紀枠で評価されたからだ。
「本校の場合、地元の選手ばかり。ひたむきにやればこういう舞台に来られるよと。高校生としての学校生活、野球以外のことでも評価してくれる、甲子園は呼んでくれる、そんなことを感じました」。渡辺監督は感慨深く語った。

その故郷の人たちと甲子園でも交流した。
「スタンドを見て、あんなにたくさんの方が甲子園に駆けつけてくれるなんて思ってなくて。勝つことが恩返しと思ってやりました。地域の方々にありがとうという気持ちを伝えたい」(キャプテン・畑山陸翔)
「監督に秋田の人、大阪在住の秋田の関係者に楽しんで貰えるようにといわれた」(キャッチャー・井島虎之介)
 

そしてもう一つ、印象的だったのは整列した時の挨拶だ。
過去に学校は荒れていて、住民から苦情もあった。まず、挨拶をすることから始めて立て直そう。野球部が先頭に立とうと数年前、須田和仁部長が登校時に校門に立って始めた。今では住民の誰とでも挨拶を交わすようになった。
その挨拶を甲子園でも披露した。
畑山キャプテンは言う。
挨拶は立ち止って『こんにちは』と言わないと伝わらないので。試合の時はゲーム前と後に相手チーム、ネット裏のみなさん、応援席のみなさん、それぞれに計6回の礼をします」
そして渡辺監督が続けた。
時間がかかるんで、ご迷惑かもしれませんが、それで選ばれてるところもありますし、みなさんの支えがあって野球をやらせてもらってる」
今日も最後の挨拶で大きな拍手がスタンドから起きた。
雪深い北国。冬は決して大きくはない室内練習場とビニールハウスで地道な練習をこなす。

最後に須田部長に聞いた。
「3月の頭に入って雪が解けて、二日ぐらい、黒い土の上で練習できました。秋田を出発したのが3月10日です。あれからもう2週間です。こっちは暖かいですね。長旅になりましたが良い経験になりました。百合本庄に帰って練習です」
新年度、地元の人と新たな交流が始まる。それは夏へのスタートでもある。