子どものころ、胸に密かに刻んだ「将来対戦したい選手リスト」が、大坂なおみにはあるという。 そのひとりは、ビーナス・ウィリアムズ(アメリカ)。37歳を迎えた今もなお、テレビ越しに憧れの視線を向けたころと変わらぬ強さを見せる5度のウインブ…

 子どものころ、胸に密かに刻んだ「将来対戦したい選手リスト」が、大坂なおみにはあるという。

 そのひとりは、ビーナス・ウィリアムズ(アメリカ)。37歳を迎えた今もなお、テレビ越しに憧れの視線を向けたころと変わらぬ強さを見せる5度のウインブルドン優勝者とは、昨年のウインブルドンで対戦した。その試合では敗れるも、「尊敬する選手相手に、いいプレーができた」と自信を深めた大坂は、約4ヵ月後の再戦で「人生最高の勝利のひとつ」を掴み取った。



歓喜の初優勝から数時間後、大坂なおみはマイアミの地に飛んだ

 もうひとりの対戦を夢見てきた選手は、マリア・シャラポワ(ロシア)。テレビで戦う姿を見ては、そのたびに「彼女はいつもポーカーフェイスを崩さず、とてもクール。私もそうできたらかっこいいだろうな……」と、自身の未来を重ねてきたロールモデルだ。そのシャラポワとの対戦も、先週のBNPパリバオープン初戦で実現する。この試合での大坂は、シャラポワから学んだ「クールな姿勢」で揺れる心を制御して、盤石の勝利を掴み取った。

「シャラポワに勝てたことは、私にとってキャリア最高の実績のひとつ。この日が来るのを、ものすごーーく長いこと待ち望んでいたんだもの」

 シャラポワ戦の勝利後に、いつものクールな表情にいくぶん興奮の色を添えた大坂は、弾む声でこう続けた。

「これでリストから、ふたりが消えた。だから今は、セリーナとの対戦をものすごく楽しみにしている!」

 リストに残った最後のひとり……それはセリーナ・ウィリアムズ(アメリカ)。23度のグランドスラム優勝を誇り、女子テニス史上最高の選手と呼ばれる女王は、36歳にして昨夏の出産から復帰してきた”現役のレジェンド”でもある。そして大坂の「3人のリスト」のうち、最初に憧れ、だれよりも敬愛し、そしてもっとも対戦を望んできた”永遠のアイドル”でもあった。

 そのセリーナとの対戦が、ついに間もなく訪れる。大坂がBNPパリバオープンでキャリア初優勝を成し遂げトロフィーを抱えた、そのわずか数時間後――。マイアミオープン会場で行なわれたドローミーティングの結果、1回戦で「大坂vs.セリーナ」の顔合わせが決定したのだ。

 セリーナとビーナスのウィリアムズ姉妹は、1歳半年長の姉を持つ大坂にとって、テニスキャリアの原点でもある。

「私の父はウィリアムズ一家の影響を受けて、私たちをテニスコートに連れていったの。だからあのふたりがいなければ、私たちはテニスをしていなかったと思う。それに彼女たちは、パワーを持ち込みテニスの有りようを変えた。私も、彼女たちのプレーを参考にしたからここまでこられた」

 昨年の10月にビーナスを破ったとき、大坂はウィリアムズ姉妹がいかに大きな存在であるかを、そのように語っていた。わけても”大坂姉妹”の妹である大坂は、同じく妹であるセリーナに自分の姿を重ねていたのだろう。

 そのセリーナと初めて直(じか)に出会ったのは、2014年のスタンフォード大会でのことだった。大会に予選から出場した当時16歳の大坂は本戦に勝ち上がると、初戦で世界19位のサマンサ・ストーサー(オーストラリア)を激戦の末に打ち破る。

 この勝利で一躍、大会の注目選手に躍り出た大坂は、セリーナとも顔を合わせる機会を得た。とはいえ、シャイな大坂は憧れの存在を目の前にして、「自分から話すことはできなくて……」という状態。そのような大坂の心を見抜いたか、会話の口火を切ったのはセリーナのほうだった。

「本当に大阪生まれで、オオサカという名前なの?」
「今はどこに住んでいるの?」

 アイドルから向けられる質問に、大坂が「本当に大阪生まれで、今はフロリダのフォートローダーデールに住んでいる」と答えると、セリーナは明るい声を上げた。

「フォートローダーデールに住んでいるの? だったら、ご近所さんじゃない!」

 えっ!?……と思わず、大坂が驚きの声をこぼす。こんなに憧れているセリーナが意外と近くに住んでいる事実を知らなかったことを、彼女は恥ずかしく思った。

 そのふたりの家からほど近く、大坂も「子どものころからよく観に来ていた」マイアミ大会が、まるで天の配剤のように、ふたりの初対戦の舞台に選ばれた。キービスケイン島の会場に宿る大坂のもっとも古い思い出は、「11歳か12歳のときに、セリーナの練習を見たこと」。憧れの選手を間近で見られた興奮と、「サインをねだることはできなかった」小さな悔いが、潮風に乗って交じり漂う地だ。

 数日前にBNPパリバオープンで優勝したとき、落ち着きはらった表情の大坂は「あまり優勝した実感がなくて……まだ明日も試合があるような感じ」だと言った。ひとつの結果に一喜一憂することなく、優勝すらも淡々と受け止め次の試合に目を向けてきた彼女は、その「次」がセリーナ戦だと知り、どんな思いを抱いただろうか?

 ひとつ確かなのは、今の大坂は、セリーナから先のドローには目もくれていないということだ。BNPパリバオープンで、初戦の相手がシャラポワだと知ったときもそうだった。だからこそ彼女は、シャラポワ戦後も目の前の試合のみに集中し続け、そしてその姿勢こそが彼女を頂点に導いたひとつの要因でもあっただろう。

 セリーナとの戦いは、今や大坂本人のみならず、世界のテニスファンや関係者すべてが心待ちにする、時代の節目で実現した新旧対決だ。

 その注目の一戦で大坂がセリーナを破ったとき、女子テニス界の新たな時代の扉が本当に開かれるかもしれない。