2月にロンドンで開催されたチームワールドカップ、日本は中国に破れ、銀メダルに終わった。依然、中国の強さを見せつけられた格好だが、日本勢とっては実りある大会だった。エース、水谷隼がいない中での大会で勝ち取った2位。「水谷抜きでは中堅クラス」と…

2月にロンドンで開催されたチームワールドカップ、日本は中国に破れ、銀メダルに終わった。依然、中国の強さを見せつけられた格好だが、日本勢とっては実りある大会だった。エース、水谷隼がいない中での大会で勝ち取った2位。「水谷抜きでは中堅クラス」と言われていた日本にとっては、選手層の厚さ、全体的なレベルの底上げがはかれたことが証明できた大会だった。

その大会で張本智和、丹羽孝希らとともに躍動したのが上田仁だ。上田にとっては2009年の世界卓球選手権横浜大会以来となる9年ぶりの代表招集だった。その活躍ぶりはYahoo!検索ワードでも上田の名前は急上昇し、一躍話題になった。



写真:アフロ

上田に聞きたいことと言えばひとつだろう。そう、“あの大逆転劇”についてだ。準決勝の韓国戦、2勝2敗で最終試合までもつれ込んだ5番、最終ゲームのラスト9分30秒、ここに上田の凄みが凝縮されている。

「あれは一種のゾーン体験だった」。上田は振り返る。だがこうも続ける。「あの試合のポイントはそこじゃない。もっと手前にあるんです」。一体どういうことか。まずはチームワールドカップ、韓国戦について紐解く必要がありそうだ。

1つ目のターニングポイント:張本の逆転負け



写真:伊藤圭

「僕にとっての最初の山場は丹羽、張本が敗れたときに訪れていたんです」と口を開く。準決勝の韓国戦、滑り出しは上々だった。1番2番を苦労しながらも連取したものの、そこから立て続けの2連敗。その上4番の張本は2ゲームを先取しながらも逆転負けを喫した。決勝進出が懸かった大一番は上田に託された。

サッカーや野球などと異なり、個人のスキルが重視される卓球というスポーツで“団体戦の流れ”なるものは存在するのだろうか。「絶対に“流れ”はあります。前の人があっさり負けてくるのと食い下がって破れてくるのとではベンチの雰囲気も違います」。だとすれば5戦目の流れは確実に韓国に傾いていた。「実業団は団体戦が多いので“流れ”の怖さはよく知っています。ちょっと油断したらあっさり勝負がつくこともある。張本はまだ年齢的にも若い。大舞台で負け慣れてないんです」。4番の張本は4ゲーム目、デュースの接戦を落とし、その流れで5ゲーム目も落としてしまった。張本が劣勢に立たされるにつれ、上田はこう感じていた。「このまま5番に回ったらやられる」。張本の試合中から気持ちを作ることを始めていた。

「上田で大丈夫か」プレッシャーとの戦い

だが、出番が近づくにつれ、上田を底知れぬプレッシャーが襲う。

「メンバー最年長でしたし、水谷さんもいない。水谷さんの代わりにチームをまとめないといけない。にもかかわらず、エースは団体初選出の張本。『上田で大丈夫か』ってみんな思ってるんじゃないか」。ネガティブな思いがジワジワと侵食する。それを振り切るようにベンチから声を出して自らを鼓舞する。だが、自分の出番の近づくにつれ、こう思うようになった。「自分は期待されてないのかもしれない。でもいいや、これ以上俺の評価は下がらない」。すでにこの時、密かにプロ卓球選手になることを決意していた。「よし、じゃあここがスタートラインだ。この瞬間からプロになろう」。そう腹を括った。不思議とさっきまで抱いていた不安は消えている。大一番を前に胸に火が宿った。



上田が大逆転の末、勝利したチョン・サンウン選手(韓国)  写真:アフロ

迎える相手は韓国のチョン・サンウン、世界ランキング28位の実力者で23位の上田とは拮抗している。案の定、試合はゲームカウント2−2のシーソーゲームだった。迎えた5ゲーム目で上田は6−10と大きくリードを許し、マッチポイントを握られてしまう。

だが、ここから上田の怒涛の逆転劇が始まる。自らの武器であるチキータを織り交ぜ、ジワジワとチョン・サンウンに迫っていく。あと一歩のところで勝利を手にできないチョン・サンウンは10−10に追いつかれたシーンでは地団駄を踏んで感情をむき出しにして悔しがった。壮絶なシーソーゲームは15-14でマッチポイントを握った上田の4球目のバックハンドリターンをチョン・サンウンが空振りして幕を閉じた。ベンチでは弱冠15歳のエース張本がいつにもまして吠え、寡黙な丹羽が珍しく笑顔で手を叩いた。

2つ目の山場 :「5−6のシーン」での攻防



写真:伊藤圭

今後上田の“代名詞”になるであろう大逆転劇、本人の目には少し違って映っていた。「実は山場は6−10からの追い上げじゃないんです」と振り返る。「あの試合のターニングポイントは自分が5−6から6−6に追いついたときにあるんです」。一体どういうことか。

5−6のシーンでは、上田の5球目のフォアカウンタードライブが相手の空振りを誘い、6−6に追いついた。珍しく拳を突き上げ感情を爆発させた。「実はこの場面で“いいプレーができた”って安心してしまったんです。当たり前ですけど、自分のいいプレーでも相手の凡ミスでも同じ1点です。なのにファインプレーで油断してしまった」のだという。

【上田仁vsチョン・サンウン ファイナルゲーム5-6のシーン】

そこから待っていたのはチョン・サンウンの4ポイント連取だ。焦ったり諦めそうになるものだが、「かえって冷静になりました」と明かす。ちらりとチョン・サンウンに視線を向けた場面がある。「相手の表情を見たらさっきの僕と同じ顔をしていたんです。『もう勝ったな』って安心しているような顔。ならまだ僕にも勝機はある」。ここまで冷静でいられるのは経験豊富な上田だからこそなせる技だろう。この瞬間から上田の大逆転への準備は始まっていたのだ。

15−14のマッチポイントの場面、不安から声を出して励ます韓国チーム、沸き立つ日本ベンチ、熱狂する観客、さまざまな感情が入り交じり、会場は異様な雰囲気だった。そんな中にあって上田の精神状態を的確に表現した人物がいる。現地の実況だ。15−14、マッチポイントのシーンで上田をこう表現してみせた。

“Businessman one point away for finishing the job today
(仕事人があと1点で今日の仕事を終えようとしている)”。

そして勝利した上田を“Coolest Businessman”と賞賛した。“仕事人”上田仁はTリーグでどんな仕事ぶりを魅せるのか。

取材・文:武田鼎(Rallys編集部)