「なんでこのタイミングなのかと……」 試合を終えて、渡邊雄太はこらえきれずに涙を流した。NCAAトーナメントに出場に向け、チームをけん引してきた渡邊だが...... 3月8日、アトランティック-10(A-10)カ…

「なんでこのタイミングなのかと……」

 試合を終えて、渡邊雄太はこらえきれずに涙を流した。



NCAAトーナメントに出場に向け、チームをけん引してきた渡邊だが......

 3月8日、アトランティック-10(A-10)カンファレンス・トーナメント2回戦に臨んだジョージ・ワシントン大学と渡邊。悪夢のアクシデントが起きたのは、セントルイス大に49-51とリードされて迎えた、後半の残り7分45秒のことだった。

 相手パスをスティールした渡邊は、そのままゴールに駆け込んでレイアップに持ち込む。しかし、そこで相手ディフェンダーと接触して倒れこみ、右足首を押さえてうずくまった。

「かなり強くひねって、その瞬間に軽い捻挫ではないことは自分でもわかりました。それでもすぐにテーピング巻き直して、トレーナーにすぐにコートに戻してくれって言ったんです」

 だが、大きく腫れ上がった右足首を見て、チームのスタッフがすんなりと再出場を許すはずがなかった。もう走ることも飛ぶこともできず、カレッジキャリアの終わりを悟り、ベンチ裏で涙を流す渡邊。「最後までプレーを続けたい」という思いが痛いほど伝わってきくる、胸が締めつけられるようなシーンだった。

 この日の渡邊は11得点、3リバウンドだったが、ケガをする直前には美しい弧を描く3ポイントシュートを決めていた。接戦で勝負どころの時間帯を迎え、平均16.3得点を叩き出してきたエースが立ち上がるべき時。今シーズン後半戦に開花した渡邊の得点力を考えれば、まだまだ試合はわからなかったはずだが……。

 エースをまさかのアクシデントで欠いたチームは、反撃の糸口を失った。結局は63-70でセントルイス大に完敗し、ジョージ・ワシントン大=通称”GW”のシーズンはこれで終了。”日本バスケットボール界の期待の星”と呼ばれてきた渡邊のカレッジキャリアも志半ばで終わった。

「A-10トーナメントに優勝し、NCAAトーナメントに出場する」

 この4年間、「目標は?」と問われた渡邊は間髪入れずにそう答え続けた。

“マーチマッドネス(3月の狂気)”と呼ばれるNCAA トーナメント。日本の甲子園大会に例えられる全国大会への出場こそが、すべてのカレッジ・バスケットボーラーにとっての最大の夢である。2013年に渡米した渡邊にとってもそれは同じだった。

 3年生までは惜しいところでマーチマッドネスには届かなかった。そして、4年生として迎えた今回のA-10トーナメントでも敗退。15勝18敗という今季のGWの成績を考えれば、選抜での出場は考えられない。つまり、渡邊のNCAA トーナメント出場の夢はここで潰(つい)えたことになる。

「今は正直、悔しいという気持ちしかない。今まで惜しいところまでいっていたと思うんですけど、今年はシーズンの成績が厳しくて、それはエースである自分の責任。トーナメントに出られなかったことは、大学生活の中で悔いが残ることです」

 渡邊のバスケットボール人生はこれから長く続くとしても、NCAAトーナメントに出るチャンスは永遠に失われた。この刹那(せつな)的な部分が学生スポーツの魅力だが、思いを果たせなかった選手にはその喪失感が重くのしかかるはずだ。

 ただ、大学での最大目標こそ叶わなくとも、渡邊がGWで紡ぎ上げた4年間に大きな意味があったことに疑問の余地はない。

 1年生でスターター入りを果たすと、2年生時にはNITトーナメント優勝に大きく貢献。昨季はA-10カンファレンスのオール・ディフェンシブ・チームに選出され、「屈指の2ウェイプレーヤー(攻守両面で優れた選手)」と呼ばれるようになった。

 最上級生として迎えた今季は、平均16.3得点、6.1リバウンドという堂々たる数字をマーク。GW史上初めて、A-10カンファレンスのディフェンシブ・プレーヤー・オブ・ジ・イヤー(最優秀守備選手)に選ばれるなど、背番号12は紛れもなくカレッジ有数のプレーヤーに成長した。

 それと同時に、入学時には日常の英会話にも苦心していた留学生が、今季中にチームを引っ張るリーダーの役割を果たすようにもなった。

「自分がエースとしてチームを引っ張っていく大変さを、この1年で学ぶことができた。そういう状況だからこそ、自分を毎日高めることができた。この経験は僕の将来に凄く生きてくることだと思います。将来はどうなるかわからないですけど、今年1年、いや、アメリカに来て5年間の経験がある。これから難しいことが待ち受けていても、それに挑戦する覚悟はもうできているので、自分の将来が楽しみです」

 NCAAトーナメントに辿り着けなかった悔しさは消えず、特に最後の7分半をコートにいられなかった悔恨は渡邊をしばらく苦しめるのかもしれない。しかし、渡邊がアメリカで積み上げたものの価値は決して変わらない。

 今後、GW の背番号12が敷いたレールを通り、多くの日本人選手が海を渡るだろう。そして、渡邊本人にとっても、カレッジキャリアの終わりは新たなスタートでもある。

「君の前に明るい未来が待ち受けているよ。今後も長くプレーすることになるだろう」

 8日のA-10トーナメント終了後、メディア対応する渡邊のそばを通りかかったセントルイス大のトラビス・フォード・ヘッドコーチが、そう声をかけた。

 対戦を終えたばかりの敵将の言葉は、単なる社交辞令だったとは思えない。渡邊はカレッジで優れたプレーを続ける過程で、多くの関係者から賞賛を浴び、同時にNBAスカウトからも注目を集めるまでになった。そして、2020年の東京五輪出場へ瀬戸際にいる日本代表からも、参加を待望されている。

 カレッジでの日々を終えても、渡邊のバスケットボール人生はまだ始まったばかりだ。幸いにも右足首は重症ではなさそうで、だとすれば、今後の舞台はさらに大きくなる。

 今後は、エージェントと契約してNBAチームとの交渉を行なうことになるが、あの”失われた7分半”を取り戻す機会は遠からず訪れるはずだ。そのときには、苦しみ、傷つき、悩み、そして歓喜したGWでの4年間の経験が、渡邊にとって間違いなく大きな糧(かて)になるだろう。