3月1日に両国国技館で行なわれたルイス・ネリ(メキシコ)と山中慎介(帝拳)のWBC世界バンタム級タイトルマッチは、関わった多くの人たちが苦しい思いを味わう結果になった。

 前日計量で王者のネリが規定体重を大幅にオーバーしながら、試合は強行。世界タイトルこそ剥奪されたものの、減量苦の少ないネリは2ラウンドで山中をあっさりとKOしてしまう。




試合後、ネリが山中の左手を掲げるも、会場は険悪な空気に

 リング上で大喜びするネリを見て、日本のファンは「そもそも体重を落とす気がなかったのでは?」と憤慨したことだろう。前回2人が対戦した昨年8月の試合後には禁止薬物使用が発覚していた経緯もあり、ネリは日本リング史に残るダーティファイターとして記憶されることになった。

「引退試合」と心に決めて臨んだ一戦が”アンフェアな舞台”となってしまった山中は気の毒でならないが、似たようなケースはアメリカでも珍しくない。

 最も記憶に残っているのは、2012年7月に行なわれたエイドリアン・ブローナー(アメリカ)vsビセンテ・エスコベド(アメリカ)だ。ブローナーはスーパーフェザー級リミットを3.5ポンド(約1.6kg)上回ってWBO同級タイトルを剥奪されたが、エスコベドにボーナスを払うことでファイトは強行された。

 瑞々(みずみす)しい身体で現れたブローナーは、当然のように5回TKOで圧勝。エスコベドは「生まれたばかりの子供のために、この試合をキャンセルするわけにはいかなかった」と涙にくれ、後味の悪さだけが残った。

 世界タイトルの価値が下がり続ける昨今、確信犯的にオーバーウェイトの身体でファイトに臨む選手をしばしば目にする。たとえ王座獲得のチャンスを失い、罰金を科されても、テレビ中継される試合で元気な姿を見せれば将来のビッグマネーに繋がる。無理に体重を落としてタイトル戦にこだわるより、そのほうが「長い目で見ればベター」という判断なのだろう。

 対戦者が規定体重を守らなかった場合、試合を取りやめる選択はできる。筆者の記憶にある限り、2006年6月のホセ・ルイス・カスティーヨ(メキシコ)vsディエゴ・コラレス(アメリカ)の第3戦、2016年11月19日にコネチカットで開催予定だった岩佐亮佑(セレス)vsルイス・ロサ(プエルトリコ)などが、その数少ないケースだ。

 ただ、キャンセルしてしまえば報酬も手に入らない。その試合に向けたトレーニングも無駄なものになり、興行的にも大打撃となる。それゆえ、ブローナーvsエスコベド同様、多くのボクサーはボーナス、グローブハンデなどと引き換えに試合を行なうことを選ぶのだ。

 一昨年の岩佐の場合は、タイトルマッチではなく挑戦者決定戦だったこと、中止しても指名挑戦権は確保されることに加え、海外での試合で自前の興行ではなかったため、キャンセルの決断は難しくなかったのかもしれない。

 ただ、ネリへの雪辱を胸に母国での決戦に臨んだ今回の山中には、「試合中止」というオプションは存在しなかった。そんな場合は、体重制競技の概念が半ば無視された形で試合が行なわれ、見ている側も実に居心地の悪い思いをすることになる。

 非常に難しいこの問題に対して、ボクシング界の人間はどう対処すべきなのか。確信犯的に体重超過で臨んでくる選手はどう扱われるべきか。ニューヨークで2つの大興行が開催された3月上旬、筆者は複数の地元ボクシング記者に意見を求めた。

 すると、これは想像できたことだが、誰もが「オーバーウェイト選手に対してこれまでよりも厳しい罰則が必要」と口をそろえた。

「ボクシングへのリスペクトが感じられない選手は厳しく取り締まるべきだ」

 フリーライターのゲイブ・オッペンハイム記者のそんな言葉は、この件にうんざりしている気持ちは日本のファンや関係者だけでなく、幅広い”ボクシング・ピープル”の総意であることを表している。

 そこで考えるべきは、「どんな規則を設定するか」だ。

 現状、体重オーバーを実際にやらかしてしまった選手に対しては、試合当日にも追加計量を義務づけ、大幅にリバウンドしないように”監視”するくらいしか対処法がない。体重超過が確信犯かどうかを証明する手立てはなく、健康上の問題も関わってくるだけに、それ以上の抜本的な手は打てないのだ。

 それよりも大事なのは、失敗した際のペナルティをあらかじめ厳しくしておくことだろう。それこそが、もともとウェイトを作る意欲に乏しい選手への抑止力になる。

 具体的な罰則に関して、複数の記者で共通していたのは、「世界タイトル統括団体、ローカルコミッションによる出場停止処分は意味のあるペナルティにはならない」という意見だった。

 ネリにはWBCから無期限出場停止処分が下され、日本での無期限活動停止もJBCから言い渡された。それでも、ネリが他のコミッション管轄興行に出ることは止められないし、WBC以外の世界タイトルに挑むことは依然として不可能ではない。

「こんなことが起こると、『ボクシングにもすべてを統括する組織が存在すれば……』と願わずにはいられなくなる。山中のような誠実なハードワーカーを救い出す術(すべ)があればとも思うよ。しかし、お金を目当てにリングで相手を叩きのめすスポーツには、常に抜け道が存在する。公正を期す統一した動きが統括団体から出てこない限り、似たようなことは引き続き起こるだろう」

 そう警告する『UCN.com』のショーン・ナム記者の言葉通り、MLBやNBAなどとは違い、統一コミッションが不在な点がボクシングにとってのネックとなる。

 現状では、世界中はおろか、米国内で統一ルールを作ることさえ想像できない。だとすれば、マネージャー、プロモーターが個々に対処していくしかない。そこで真っ先に目をつけるべきは、やはり”カネ”である。

「結局のところファイターの目的は金儲けなのだから、体重調整の怪しい選手にはオーバーした時の罰則を事前に盛り込んでおくべきだ。対戦相手が体重超過となった場合に、その相手のファイトマネーの一部を罰金として受け取れるシステムにしておけば、不利な条件で試合をすることになっても金銭的な恩恵は得ることができる。そんな罰則が設けられるように、敏腕マネージャーの助けを得ておくことも必要になる」

 同じ『UCN.com』のスティーブ・キム記者がそう述べる通り、アメリカ、中南米の多くのボクサーたちのモチベーションは”金儲け”に他ならない。もちろん例外はあるが、世界タイトルの名誉や強さを重んじる日本人ファイターとは目指すものが異なる。それゆえ、一部の選手は世界王座を失うことよりも、無理な減量は避けて強い姿を誇示することを選ぶのだ。

 問題の根本は、ブローナー、フリオ・セサール・チャベス・ジュニア(メキシコ)のような計量失敗の常習犯を、「視聴率が取れるから」という理由で起用し続けるテレビ局にもあるのだが、これもビジネスなのだから仕方ない。そんな背景を考慮したうえでやるべきことは、「規定の体重を作らなかったら、ほとんど稼げなくなる」という条項を契約に盛り込むことだろう。

「ウェイト調整が怪しいと判断された選手には、ファイト30日前、10日前というように細かな体重チェックを課すのもひとつの方法だ。そして、計量失敗時には大きな損害を被るような規定を試合成立時に作ること。

 昨年5月のサウル”カネロ”アルバレスとチャベスの試合では、チャベスが1ポンド(約453.6g)オーバーするごとに100万ドル(約1憶652万円)の罰金が科されるという話だった。金目的で戦うファイターに対しては、こんなシステムが機能するんじゃないか」

 オッペンハイム記者がここで指摘したカネロvsチャベス戦は、実際にモデルケースのひとつになるはずだ。

 直前の5戦はすべて167ポンド(約75.6kg)以上で戦っていたチャベスだったが、高額の罰金をちらつかされ、カネロ戦では見事に164.5ポンド(約74.6kg)の契約ウェイトを作り上げた。

 減量で精魂尽き果てたチャベスが肝心の試合で精彩を欠いてしまったため、スポーツとして見ればこの方法も完璧ではないかもしれない。それでもブローナー、ネリのような傍若無人な選手に対して、一定の効果はあるだろう。

「テレビ局がプロモーターと事前に話し合い、オーバーウェイトがあった場合には放映権料が大きく差し引かれるようなシステムを作っておくべきだ。そうすれば、選手だけではなく、プロモーター、マネージャーはより責任を持って出場選手のウェイト、コンディションを管理するようになる」

 上のコメントはモハメド・アリの伝記など、多くのボクシング関連の著作がある大ベテランライター、トーマス・ハウザー氏のものだ。選手、チームだけでなく、マネージャー、プロモーターも巻き込むことで責任の所在は広がりを見せる。それぞれの取り分が減るとわかれば、陣営全体がこれまで以上に慎重に選手をコントロールしようとするのではないか。

 もちろん、これらをすべてをやったところで、ほとんど先行投資のつもりで無報酬でも勝ちにくるボクサーは制御できない。しかし、金銭授受のシステムを厳しくすることで、少なくとも彼らに危機感を与えることはできる。それを継続することにより、確信犯で計量を無視する選手の数を減らしていくことは可能だろう。

 オーバーウェイトボクサーを本気で取り締まろうと思えば、これまで以上の労力が必要になる。しかし、最近ではほとんど毎月、毎週のように計量失敗する選手が出てきており、問題はもう無視できないことろまできている。

 このままいけば、山中のようなスター選手が負けるといった以上のことが起こりかねない。アンフェアな条件で生じたフィジカルの差が、悲惨な事故を生むことだって十分に考えられる。

 そんな最悪の事態を回避するためにも、計量失敗した選手への厳罰は必須だ。確信犯の無法者が業界にもたらすダメージは甚大で、少しでも早くいい流れが生まれることを望んでいるファンや関係者は多い。アメリカでも少なからず話題になったネリvs山中の一戦が、そのきっかけになることを願いたい。