クリス・ポール(ヒューストン・ロケッツ/PG)は子どものころ、アレン・アイバーソンに憧れていた。彼のようなちびっこガードにとって、そのスキルで自分より大きな選手を翻弄し、思うままを貫くアイバーソンは特別な存在だったのだ。※ポジションの…

 クリス・ポール(ヒューストン・ロケッツ/PG)は子どものころ、アレン・アイバーソンに憧れていた。彼のようなちびっこガードにとって、そのスキルで自分より大きな選手を翻弄し、思うままを貫くアイバーソンは特別な存在だったのだ。

※ポジションの略称=PG(ポイントガード)、SG(シューティングガード)、SF(スモールフォワード)、PF(パワーフォワード)、C(センター)。



ロケッツを牽引するクリス・ポール(左)とジェームズ・ハーデン(右)

「誰よりも、AI(アイバーソン)から一番影響を受けたと思う」とポールは言う。

 アイバーソンのようになりたいと、クロスオーバーやシュートを練習した。背番号に3を選んだ理由のひとつも、アイバーソンだった。

 憧れると、格好もマネしたくなるのは自然な流れだ。しかし、ポール家では両親が厳しく、ピアスもタトゥーもダメだと言いわたされていた。そこで、せめてアイバーソンのようにブレイドを編み込もうと、髪を伸ばした。ようやく伸びた髪でブレイドを結い、その姿で試合に出るつもりだった。

 ところが、これは結局、未遂で終わってしまった。試合を観に来た父が息子のブレイドヘアに気づき、「その頭でコートに立つのは絶対にダメだ」と怒られてしまったのだ。

 結局、試合前にトイレでブレイドをほどき、結った後のウェーブが残った髪で試合を戦ったという。間もなくポールは髪を短く切り、「アイバーソンのようになる」という夢は絶たれてしまった。

 それでも、今もポールのなかにはアイバーソンがいる。

「彼がプレーするときに見せる闘志が大好きだった。いつでも反骨心をもってプレーしていた。僕も、同じような感じでプレーしていると思う」と、ヒーローと自分を比べた。

 たしかにポールは、アイバーソンと同じような負けん気を持っている。時として、その気持ちの強さが裏目に出てしまうこともあるが、それでも、勝つためのプレーすることが何よりも大事だという価値観は揺らぐことはない。頑固なところも、まわりに何と言われようと信念を貫くところも、アイバーソンにつながるものがある。

 昨年夏に、自らの希望でヒューストン・ロケッツへのトレードを決断したのも、NBA優勝に対する強い気持ちからだった。ロサンゼルス・クリッパーズで6シーズンを過ごし、自分も家族もロサンゼルスの地に根を張り始めていた。チームは毎年プレーオフには出ていたし、マーケティング的にも大都市は有利だ。

 普通に考えれば、クリッパーズと再契約するのが順当に思えた。

 しかし、何かが違う、とポールは思っていた。プレーオフではファーストラウンド敗退が3回、カンファレンス・セミファイナル敗退が3回。NBAに入って12シーズンたったが、優勝どころか、まだ一度もカンファレンス・ファイナルまで進んだこともなかった。ポールのミスが敗因だったこともある。タイミング悪い故障など、運の悪さもあった。

 だが、それでも、優勝のためには環境を変えなければならないと思った。

「変化が必要だと思った」とポールは言う。

 移った先のロケッツに、自分と同じぐらい強い気持ちで「究極の目標」を求めている選手がいたのも、移籍の決め手となった。ジェームズ・ハーデン(PG)だ。同じポイントガードのポジションであることは、躊躇(ちゅうちょ)する理由にもならなかった。むしろ、これまでと違うチャレンジと受け止めて歓迎した。

 ロケッツへの入団会見で、ポールは「勝つためでなければプレーする意味がない」と言い切った。

 ハーデンも同じ気持ちだった。ハーデンは6年前、オクラホマシティ・サンダー時代に一度だけNBAファイナルを戦ったが、レブロン・ジェームズ(SF)率いるマイアミ・ヒートに完敗し、優勝には手が届かなかった。昨季はカンファレンス・セミファイナルで敗退している。

 ポールを迎え、ハーデンは「今年こそ優勝する年だ」と宣言する。ゴールデンステート・ウォリアーズという絶対王者がいるだけに、そう宣言するだけでもニュースになるほどだが、ハーデンもポールも本気で信じている。

 実際、開幕早々にポールが故障して14試合に欠場しても、勝率7割超えをキープ。ポールが戻ってくると、すぐに14連勝。12月下旬、ポールが故障で3試合欠場した前後で5連敗を喫したが、戻ってくると、また勝ち始めた。

 2月は12戦全勝。3月6日時点で今季最多の16連勝中、成績でもウォリアーズを抜いてリーグ首位の座にいる。ポールとハーデンが揃って出場した試合では34勝3敗、勝率9割を超える。

 もちろん、だからといって簡単に優勝できるわけではないのは、ポールもハーデンも、これまでの経験で十分にわかっている。

 ポールは言う。

「今は、とにかくプロセスを楽しんでいる。いろいろと障害があり、対戦相手など厳しい状況もある。それを乗り越えようと努力している。

 そのなかで、どう戦ったらいいのか、少しずつわかってきた。このまま上達していきたい。今シーズン、あと何勝ぐらいするかわからないけれど、それは一番大事なことではない。僕らにとって大事なのは、正しい方法でプレーし、チームを築いていくことだ」

 辛抱強く築き上げることに集中できるのは、積み上げた先に優勝があると信じられるから。だから、今日もコートに立つ。最後の試合に勝つために──。