スポーツクライミングが2020年東京五輪の実施種目に決まって1年半が経つが、いまだに「スポーツクライミング=ボルダリング」という認識は根強い。また、東京五輪で実施される複合種目が「ボルダリング」「スピード」「リード」の”3…

 スポーツクライミングが2020年東京五輪の実施種目に決まって1年半が経つが、いまだに「スポーツクライミング=ボルダリング」という認識は根強い。また、東京五輪で実施される複合種目が「ボルダリング」「スピード」「リード」の”3種目の複合成績”で競うと知っている人でも、それぞれの種目がどう違うか、その理解度は高くないのが現状だ。



今年のリード日本選手権を制したのは14歳の森秋彩

 ボルダリングは、高さ5~6メートルほどの人工壁に設定された平均6~7手ほどのハンド・ホールドの課題を登った数で競う。2016年夏の実施種目決定直後に、楢﨑智亜(ならさき・ともあ)のボルダリングW杯シリーズ年間優勝や世界選手権2016制覇が追い風となって、多くの人が知るところとなっている。

 スピードは、高さ15メートルの人工壁に作られた国際規格のコースを速く登って競争する種目だ。垂直に駆け上がっていくダイナミックさは映像との親和性が高く、コマーシャルなどで使われることも多い。以前は国内にはなかったスピード専用人工壁も、実施種目に決定して以降は各地に作られたり、専用壁がない商業ジムでも類似コースを設置したりと、普及・強化が進んでいる。

 この2種目に共通するのは、クライミングが有するさまざまな要素のなかから、「登る」ということにフォーカスを絞った種目ということだ。ボルダリングのそれは「難易度」であり、スピードは「速さ」を追求している。

 これに対してリードは、「登るための総合力」が試される種目だ。高さ15メートルほどの人工壁に40~60個ほどのホールドを使って作られた課題を、最上部の終了点にクリップ(身につけたロープを壁の支点にかけること)すれば完登。誰も登りきれない場合は、どの高さまで登ったかで争われる。

 そのリード種目の日本選手権が3月3日~4日に埼玉県加須(かぞ)市で開催され、男子は第一人者である22歳の是永敬一郎、女子は14歳の森秋彩(もり・あい)と、リードをメインにする両選手がともに初優勝を飾った。2位は男子が楢﨑智亜、女子は野口啓代(あきよ)が入ったが、ふたりとも現在はボルダリングをメインに活動しているものの、キャリアで初めて出場したW杯はリードだった選手だ。リード大会の場数という経験則も結果に反映されたといえる。

 是永は昨年、ワールドゲームズで金メダルを獲得し、リードW杯でも中国・廈門(アモイ)大会で初優勝するなど、リードW杯年間ランク3位。五輪強化選手の男子6人のなかで、ただひとりリードをメインにしている実力者は「W杯で優勝しても国内では勝てていなかったので、ようやく払拭できた」と、ほほを緩めた。

 森は昨年3月のリード日本選手権では完登目前でフォール(落下)し、獲得高度は優勝した野口啓代と並びながらもカウントバック(準決勝の順位)により2位。今大会では決勝に進出した8選手で唯一の完登をして、リベンジを果たした。昨年4月からのリードでの連勝を7に伸ばし、「今年もリードで勝ち続けたいです」と意気込んでいる。

 リードの課題(ルート)に使われるホールド数はボルダリングの約5倍以上だが、登っていくための一手一手の強度はボルダリングほど高くない。中盤以降に順位のふるいにかけるため、強度が高めなムーブ(動き)を求めるセクションはあるものの、リード日本選手権に出場する選手たちが仮にリードの課題を10手ずつ区切ってトライしたとしたら、ほとんどの選手は登り切ってしまうはずだ。しかし、それをスタートからとなると話は変わるため、リードでは持久力が重視される。

 前腕の持久力は、一手伸ばして登るたびにすり減っていく。是永は身長160cm、森は身長154cmと小柄で、ほかの選手が足を残したまた届くホールドでも飛びついて取るため、足が宙に浮くことがある。

 足が浮けば、その分だけ体重を支えなければならず、前腕への負荷は増える。それでも是永や森が誰よりも高度を稼いだのは、リードをメインにすることで持久力が単純に優っていただけではなく、持久力の消耗を最小限にとどめるテクニックや経験に長けていたからでもあった。

 リードは登りながら、身につけたハーネスに結んだロープを、ルート上に2メートルほどの間隔で設置された確保支点に必ずクリップしていき、最上部の終了点にクリップして初めて完登となる。クリップを忘れると、その時点で競技終了。クリップするときは片手と両足でバランスを取りながら、もう一方の手でロープを手繰って確保支点にかける。

 この動きひとつにしても、是永や森のようにリードをメインにする選手と、そうではない選手のスムーズさは違い、消耗度も異なる。準決勝や決勝に残った選手たちはスムーズなクリップをしたものの、それでも数ヵ所でクリップするときにホールドを保持した手に余計な力が入ったことが、結果的に持久力の早めの消耗を招くことになった。

 また、リードは1回のフォールで競技終了という緊張感がある。足を滑らせやすい小さなフットホールドを踏むときなどは、「動きが固くなって必要以上に力が入り、それで早めに腕が消耗した」と悔やんだ選手もいたが、リード慣れしている是永や森にとっては普通のことで、この差も結果にもつながったと言える。

 日本のスポーツクライミングは、昨年のボルダリングW杯年間ランキング10位以内に男子5人、女子3人が名を連ねる「ボルダリング王国」として世界が認める実力を誇る。

 しかし、リードに目を向ければ、過去にW杯年間王者を出したことはあるものの、最近は低迷が続く。昨年のリードW杯年間ランキング10位以内は男女合わせて是永敬一郎のみ。昨年のW杯の表彰台には、是永のほかに波田悠貴と楢﨑智亜が立ったが、女子は野口啓代が決勝に2度進んだだけでゼロに終わった。

 東京五輪で実施される複合種目は、3種目がどんな配点になるかは未定だが、リードの配点が高くなることが有力視されている。東京五輪のメダル獲得を見据える協会は、ボルダリングで培った高いクライミング能力をリードで生かせるようにと、強化合宿などを行なっている。

 ただ、それだけではボルダリングの片手間感は否めず、リードの経験値を高めることは難しい。ボルダリングがそうであったように、選手たちを飛躍的に成長させるためには、注目度を高めることに優るものはない。2月のボルダリング・ジャパンカップとほぼ同じ顔ぶれが出場しながら、リード日本選手権の観客数は約4分の1という寂しい現状の打破こそが、2年半後の大きな成功へのカギになっている。