【田口良一が語るV10と井上尚弥 後編】

 2013年8月、ライトフライ級の日本チャンピオンになったばかりの田口良一は、後に世界最速で2階級制覇を達成する井上尚弥を挑戦者に迎えた。

 メディアが注目していたのは、高校生でアマチュアのタイトルを総なめにした”怪物”の圧勝劇。しかし試合は井上のキャリア初となる判定にもつれこみ、敗れはしたものの、田口の実力はボクシングファンに再認識されることになった。

 田口はその一戦からさらなる成長を遂げ、WBA、IBFのタイトルを手にする。その活躍を支えた井上との激戦の記憶、そして3団体目のタイトル獲得への意欲を聞いた。



2013年の日本ライトフライ級で相対した田口(左)と井上(右)

──田口選手は年末にWBA、IBFを統一しましたが、ライトフライ級にはあと2人の王者がいます。さらなる統一戦への興味はありますか? 

「あとの2人は、WBOのアンヘル・アコスタ(プエルトリコ)とWBCの拳四朗(BMB)ですね。どちらも強い選手で意識はしています。昨年の大晦日に戦ったミラン・メリンド(フィリピン)も、同年の5月に八重樫東(大橋)さんに勝ってから気になっていましたけど、彼らとも『時がきたら』と思っています。さらなる統一戦が実現したら、世間の反応も大きくなるじゃないですか。そういった面白い試合をやっていきたいと常々思っています」

──同じ日本人であるWBC王者の拳四朗選手の印象は? 

「距離感に秀でていて、ジャブが力強い。しっかりと考えてボクシングをする”クレバー”な印象もあります。ああいう選手は、見ただけでは強さがわかりにくい。実際にやるとなれば手強い相手なのは間違いないですね」

──対して、WBO王者のアコスタの特長は、やはりパワーでしょうか。 

「確かにパワーはすごいです。去年の田中恒成(SOUL BOX畑中)戦でダウンを奪われた後も、最後まで『なんとかしたい』という思いが前面に出ていたので、気持ちも強いでしょうね。ただ、その試合では大振りも多かった。距離を間違えず、空転させれば勝機はあるんじゃないかと思います」

──昨年は、田口選手と田中選手が対戦するというニュースが大きな話題となりましたが、田中選手のケガの影響で実現しませんでした。田中選手がそのままフライ級に階級変更してしまったことに、名残惜しさはありませんか?

「当然、試合をやると思っていましたし、田中くんも同じ気持ちだったと思います。『どっちが勝つんだろう』とみんな楽しみにしてくれていたので、僕もしばらくはモヤモヤしていました。彼の階級が変わってしまったのは仕方ないことですし、タイミングの問題なんでしょうね。『縁がなかった』と割り切れて、今はスッキリしています」

──田口選手が階級を上げる可能性は?

「前に比べて体重調整は少しきつくなっています。今は56 kgか57kgくらいですが、普段の体重が60kg前後になると(そこから減量すると)いいパフォーマンスはできないと思うので、そうなったら階級を上げますね」

──しばらくはライトフライ級での試合が続きそうですが、田口選手は実績に比べて知名度が物足りないようにも感じます。  

「みんなに『テレビに出なよ』とも言われるんですけど、それは考えていません。実績をさらに重ねていけばそういう機会も増えるでしょうしね。試合を見た人に認めてもらいたいという願望はすごくあります。そのためには、王者でなくてもいいから強い相手と戦って、勝たなきゃいけない。そういう意味でも、統一戦はメリンドとやれてよかったです」

──そういう試合ほど、タイトルを失うリスクも高くなると思いますが。 

「リスクよりも、メリットのほうが大きいと感じでいます。逃げたと思われるのがすごく嫌なんですよ。2013年に井上くんと対戦することが決まったときも『絶対に勝ってやる』と思っていましたし」

──その試合は、日本タイトルを手にしたばかりの田口選手が対戦を希望したと聞いています。当時、誰もが戦うことを避けた井上選手との試合を望んだ理由は? 

「2012年にアマチュアだった井上くんとスパーリングをしたんですが、ダウンを取られて、4ラウンドやる予定が3ラウンドで終わってしまったんです。すごい高校生がいるという話は聞いていたんですが、あそこまで強いとは思っていなかった。悔しくて、泣いて……。とにかくショックでした。
 
 その2、3カ月前には、日本タイトル初挑戦(vs黒田雅之/川崎新田)がドローになって王者になれず、その少し後のスパーで井上くんにボロボロにやられた。ただ、しっかり鍛えて状態を上げれば勝機はあるという実感もあって……。その翌年に日本タイトルを取ったときには井上くんもランキング上位でしたから、会長に『井上くんとやりたい』と伝えました」

──田口選手が感じた、井上選手のつけ入るスキはどこだったんでしょうか? 

「左フックを打つときとか、ところどころ(ガードが)開く場面があったので、苦手なスパーではなく、コンディションをしっかり整えた本番なら勝てるんじゃないかと。ただ、実際の試合ではやられてしまったんですけどね」

──0-3の判定負けではありましたが、94-97をつけたジャッジもいましたし、井上選手が最も苦戦した試合のようにも思います。プロのリングで対戦した印象は?

「どこをとってもハイレベルで、やっぱり強かったです。でも、僕のコンディションもよくて試合の進行が早く感じましたね。『あ、もう8ラウンドか』といった感じで。コンディションが悪いと、特に最初の1ラウンドは5分くらいに感じたりするのが、その試合はあっという間に時間が過ぎていきました。

 井上くんのパワーはすごかったですけど、フィジカルで押し負けはしませんでしたし、気持ちも充実していました。きつい試合だったのはもちろんですが、その中に楽しさがあったのを覚えています」

──手を合わせた田口選手から見る、井上選手の”他の選手とのパワーの差”はどこでしょうか。

「彼のパンチは『壊すパンチ』なんですよ。スパーでやったときも、あんなに衝撃があるパンチはもらったことがなかったのでビックリしました。パワーだけじゃなくて(パンチを見切る)目もいいし、すべての面ですごい。日本ボクシング史上でも最高の選手になれる可能性があると思います」

──3階級制覇を狙う、今の井上選手の印象は? 

「僕と試合をしたときとは比べものにならないくらい強くなっています。最高にすごくて、超強い。『はるか先にいっちゃったな』という感じです。彼がそれだけ成長したということもありますし、自分と違う階級の選手になってしまったこともありますね。まだライトフライ級にいたらすごく意識していたんでしょうけど、井上くんはバンタム級に上がりましたから」



試合中とは対照的な、リラックスした笑顔を見せる田口

──階級が変わってしまったので現実的ではないかもしれませんが、もし今の井上選手と再戦するとなったら、どう戦いますか? 

「距離を潰しにいきます。井上くんは遠い距離からの踏み込みが異常に速くて、そこで体重が乗ったパンチをもらったらどうしようもない。だから中に入っていくしかないと。彼はインファイトも強いですけど、遠い距離、中間距離はもっとすごいですからね。『中に入ってコツコツ』しかないですね」

──そんな井上選手との試合で、田口選手が得たものは? 

「確実に僕の”後ろ盾”になっています。(2014年の)世界初挑戦のときも、『相手は井上くんより強いはずはないから大丈夫だろう』と思っていました。直近のメリンド戦も同じでしたね。その意識があるのは大きい。負けはしましたけど、彼とやってよかったです」

──田口選手の成長という点では、同ジムの大先輩である内山高志さんも重要な存在だったと思いますが。

「もちろんです。内山さんはあまり語るタイプではなく、『勝手に真似しろ』といった感じでした。シャドーやスパーを見て、いいコンビネーションがあったらすぐに真似してましたよ。内山さんだけでなく、トレーナーのホン・ドンシクさんや会長など、自分を支えてくれた人たちがひとりでも欠けていたら、自分は世界チャンピオンになれていなかった。僕はすごく運がよかったと思います」

──昨年の7月に内山さんが引退を発表した際には、何か言葉をかけましたか? 

「これまでの感謝の気持ちを伝えました。そうしたら、内山さんに『おまえが引っ張っていけよ』と返されて。そのときに『はい!』とは言ったんですけど、実際には”ワタナベジムを引っ張っていく”ために何をすればいいのか、よくわからなかったんです。

 昨年末のメリンド戦の前にもそれを考えていて、行き着いたのはやはり、『世界チャンピオンとして勝ち続けるのが大事なんだ』ということ。そんな僕を見て『こういう選手、人間になりたい』と周囲に思ってもらうことが大切だと思いました。内山さんのように、口ではなく結果を出すことで引っ張っていくということが、自分なりの答えです」

──最近は、海外に活躍の場を移した日本人選手が高く評価される傾向があります。今後、田口選手も海外で試合をしたいという希望はありますか?

「やってみたいです。これまでの試合で、最も遠い試合会場は大阪でした。国内と海外の試合はまったく別物だと思いますし、アウェーのプレッシャーもすごいでしょうけど、その中で勝てば評価が高まりますよね。去年の木村翔(青木)選手なんて、『圧倒的不利』と言われた中国で世界戦をやって、劇的なKOで勝ったじゃないですか。普通じゃできないことだし、本当にすごいと思います」

──厳しい環境だからこそ、戦ってみたいと?

「井上くんなど例外もありますけど、日本人の世界チャンピオンは国内で試合をすることが多いですよね。『この環境は嫌だな』と感じることがあるので。いろいろな国や場所でやることが、日本人ボクサー全体の評価を高めることにもつながると考えています」

──少し具体的な話をすると、WBO王者のアコスタはニューヨークにファンベースがあるので、田口選手がアメリカの東海岸で統一戦をするのは不可能ではないと思います。 

「それはめちゃくちゃやりたいです! アメリカでアコスタとできるなら、ぜひやってみたいですね」

──ファイトマネーは日本より低く抑えられるかもしれませんし、当然ながら会場は”完全アウェー”になりそうですが。

「相手の応援は気にならないほうなので、試合までにうまくコンディションを保つほうが大切だと思います。いい状態で試合に臨めたら、(アコスタに)勝つ可能性は大いにあるはずです」

──アメリカで3団体統一王者になったらもちろん快挙ですし、日本でも大きな話題になるでしょうね。マッチメークは簡単ではないでしょうが、ぜひそのシーンを見てみたいです。

「アメリカとの時差を考慮すると、直前に現地入りするのではなく、10日前くらいに入らないと厳しいんでしょうね。試合までの準備の仕方とか、慣れていない環境ならではの厳しさはあると思います。その中でいい状態に持っていけて、しかも勝てたら相当な自信になる。リスクはありますけど、勝つか負けるかわからないところでやってみたいです」

──かなり先の話になりますが、いつかボクシングファンが田口選手のことを思い出したときに、どんなボクサーとして覚えておいてもらいたいですか?

「そんなふうに考えたことはなかったんですけど、やっぱり”気持ちで負けない選手”ですね。『どんな劣勢にも、逆境にも屈しない選手だったな』と記憶してもらえるように、これからも頑張っていきたいです」