知られざる女子日本代表〜Beautiful woman(9)「空のことをもっと知りたい。自由に飛びたい」 茨城県の板敷山…

知られざる女子日本代表〜Beautiful woman(9)

「空のことをもっと知りたい。自由に飛びたい」

 茨城県の板敷山(いたじきやま)で、天空を見上げながらそう語るのは、ハンググライディング世界選手権2017(ブラジル)に女子日本代表で出場した鈴木皓子(あきこ・34歳)だ。一般にはあまり知られていないが、ハンググライダーにも世界選手権があって、日本を代表して戦う選手がいるのである。



フライトの準備は入念に。セールにもさまざまな形がある

 ハンググライダーは、翼(セール)に取り付けた三角形のフレームに人がぶら下がって滑空する。エンジンやモーターなどの動力は使わず、自力で斜面を駆け下りるなど勢いをつけて離陸し、上昇気流に乗ったあとは細かく体重移動しながら操縦していく。高原などで飛んでいるのを見たことがある人も多いだろう。

 競技としてのハンググライダーは、地形や気象条件に合わせて設置されたポイントを通るフライトコースが組まれ、スタートからゴールまでの飛行時間の速さを競うかたちのレースが多い。コースの長さは国内大会で50~100km、海外では100~300kmほど、飛行は2時間程度から5時間以上かかる場合もある。選手たちは小型GPSを装着してフライトすることになっており、その航跡から時間や得点を算出する。

 昨年8月に開催された世界選手権では、首都ブラジリアの北東70kmほどにある台地から飛び立ち、そこからブラジリア方面のゴール地点に向かって、決められたターンポイントを経由しながら、約100kmを飛ぶレースが設定された。

 鈴木は初めてのブラジル遠征をこう振り返る。

「とにかく、現地に行くまでが大変でした。特に苦労したのは、グライダーの輸送です。航空貨物があまりに高額なため使えず、手荷物として載せられる航空チケットを探さなければならなかったんです。私のグライダーは幸い無事でしたが、輸送中にひどく扱われてグライダーを壊されてしまった選手もいます。リオデジャネイロに着いてからは、開催地までの約1000kmをレンタカーで移動しました。

 でも、行ってしまえば夢のような日々でしたね。100名以上の強豪選手たちに混ざって4、5時間を必死で飛んで、ホテルに帰って、反省して、寝るという毎日。ずっとハンググライダーのこと、飛ぶことだけを考えることができて、素晴らしい経験になりました」



気象や地形に合わせて、どう飛ぶか戦略をめぐらせる

 彼女がハンググライダーに魅せられたのは、まだ小学1年生の頃だ。愛知県の五井山(ごいさん)エリアにある祖父の家へ遊びに行ったときに、上空を飛ぶハンググライダーにひと目惚れした。ただし、そうは言っても子供が1人で空を飛ぶことなどできるはずもなく、その後はずっと憧れるだけの年月が続く。

 ようやく夢が実現したのは、京都大学に進学した1年生のとき。大学のサークルに加入することで、念願のハンググライダーデビューを果たした。しかし、実際のフライトはそんなに簡単なものではなかったという。

「初めて山から飛んだときは、先は長いなあ、いつになったら自由に飛べるようになるんだろうかと思いました。自分がイメージしていたのは、アニメのキャラクターがビュンビュン空を飛び回るような、自由に行きたいところに飛んで行けることだったのですが、現実はなかなかそんなにうまくはいかなかったですね」

 それでも少しずつ腕を磨いて上達し、やがて競技に出場して”鈴木選手”となる。自身がイメージする通りのフライトに近づけたと感じたのは、2007年3月に出場した日本選手権(茨城県)の最終日だった。

「最終日は80kmぐらいの四角形をぐるっと回るタスク(課題)でした。この時、山を離れて、かなり遠くまで回ってゴールすることができて、ようやく自分の飛びたかったイメージに近いフライトができたと思ったんです。それからは、ますます飛ぶことに熱中して、週末は必ず空にいるようになりました」

 鈴木によれば、ハンググライダーの魅力のひとつは自然を相手に飛ぶ戦略的な面白さだ。
                                    
「ハンググライダーには動力がついていないので、上昇気流で高度を稼ぎ、その高度を距離に換えて進みます。上昇気流のあるところは気象条件によって違うので、その日の気象予報と、実際に現地で雲などを観察することによって、どうやって飛ぼうかを考えるんです。

 あそこの雲の下で上げて、山の尾根上を飛んで、次の採石場でまた上げて……といったふうに、変化をつけるポイントや飛びやすい地形を考えて、飛ぶ前にある程度作戦を立てます。ただ、実際は予想と違うことが多いので、飛びながら作戦を修正していかなければなりません。ごくまれに、予想がピッタリはまることがあって、その時は最高に気持ちがいいです」

 そして、もうひとつ。上空で体験する非日常的な自然や風景も、やはりハンググライダーの大きな魅力なのだという。

「とびきり美しい景色に出会ったり、珍しいものを見たときは、飛んでいてよかったなと思いながら空中でしばらくボーッと眺めたりします。

 巨大な雲の壁に沿って上昇気流で上がるとき。空中にいる自分の下にもくもくと雲が沸いたとき。海辺の山で魚をつかんだミサゴに出会ったとき。オーストラリアで大きな鳥に襲われたとき。眼下の岩山を鹿が走っていくのを見たとき……。どれも自然の中にいる自分を感じます」

 ところで、日本代表選手としての自分はどのように評価しているのだろうか。

「実は、人に勝ちたい気持ちはあまりないんです(笑)。ただ、大会に出るとうまい人と一緒に飛べて、勉強になるんですよ。その時の条件下で、より有効な選択はどれなのかを知ることができるからレースに出場しています。空をもっと理解できれば、ますます自由に飛べるようになれると思うんです」

 昨年女子部門で優勝した「板敷山スプリングフライト」(3月)をはじめ、今季も国内主要大会に出場していく。そして、11月の日本選手権(静岡)に挑み、再び世界選手権への出場も目指すという。

 世界選手権への出場をきっかけにそれまでの仕事を辞め、現在はアルバイトのかたわら、靴職人の修業も続ける。空に魅せられた少女が叶えた夢は、これからも世界の空へ広がっていく。



現在取り組む靴づくりは、もうひとつの夢だったという