現在の世界ランキングは3位(2018年2月19日時点)だが、国枝慎吾を車いすテニスの王者と呼ぶことに少しのためらいもない。初めて世界ランク1位になったのは、06年10月、翌07年にはダブルスでも1位になった。車いすテニスで最も重要なタイト…

 現在の世界ランキングは3位(2018年2月19日時点)だが、国枝慎吾を車いすテニスの王者と呼ぶことに少しのためらいもない。初めて世界ランク1位になったのは、06年10月、翌07年にはダブルスでも1位になった。車いすテニスで最も重要なタイトルであるパラリンピックでは、08年の北京、12年のロンドンを連覇した。しかし、ここ数年は右ひじの故障に悩まされ、一昨年10月から半年以上実戦を離れたため、ランキングポイントがごっそり落ちたのだ。

 昨年4月に復帰したが、ひじの不安を解消するために取り組んだバックハンド改造は完成にはほど遠かった。故障再発の不安、そして、打ち方を変えれば本当に痛みがなくなるのかという疑心暗鬼。のちに国枝は「疑問を感じながらやっているのはつらかった」と打ち明けている。

 この1月、全豪オープンのタイトルがモヤモヤを振り払った。全豪の優勝は3年ぶり9度目。国枝は「これまでの優勝の中で今回が一番うれしい」と涙を見せた。「本当の意味でカムバックできた」と優勝スピーチは力強かった。

 四大大会のシングルスでの優勝は15年全米以来2年半ぶり、通算21度目の栄冠となった。数字の上ではロジャー・フェデラー(スイス)の四大大会優勝20回をしのぐ。

 男子車いすテニスは今、群雄割拠の時代だ。20歳のアルフィー・ヒュウェット(イギリス)がランキング1位に座るなど若手の台頭が著しいが、国枝が目指している「攻撃的なテニスの再構築」を果たせば、王者返り咲きも有望だ。

 女子の上地結衣は昨年、全豪、全仏、全米と、ウィンブルドンを除くグランドスラム3大会を制した。14年にはジョーダン・ワイリー(イギリス)とのペアでダブルスのグランドスラム(四大大会全制覇)を達成。現在、シングルスランキング1位、ダブルス2位で、車いすテニス界の女王の地位にある。

 長く競い合ってきた選手たちだけでなく、21歳のディーダ・デ グロート(オランダ、ランキング2位)の急成長で、ライバルは多いが、上地の安定感は群を抜く。ショットの質と戦術、メンタルの総合力で、欧州選手のパワーテニスの一歩先を行く。

 直接、接した人は、おそらくそのストイックさに驚かされるだろう。四大大会で優勝しても、内容の伴った勝利でなければ歓喜の姿を見せることはない。会心の勝利でも、試合後にはいつものように淡々と内容を振り返り、反省点は反省点として心に刻む。上地とはそんな選手だ。

 14年の全仏で四大大会シングルス初優勝を飾った瞬間はさすがに「カモン!」と甲高い声を挙げたが、コーチと一度アイコンタクトすると、すぐに平静に戻った。

 昨年の全仏では3年ぶり2度目の優勝を果たしたが、彼女の口から出てきた言葉の多くは反省の弁だった。

「勝っても、考えないといけないことが多かった。いい形で勝ち上がったが、決勝でこんなプレー。まだ思い上がるなよ、ということだと思う」

 彼女ほど油断や慢心という言葉から遠いところにいる選手はいない。自分の理想がいつも頭にあり、だから、グランドスラム優勝も通過点でしかない。そうやって、上地は求道者のようにテニスに取り組む。

 上地の視線の先には、女子の車いすテニスに一時代を築いたダニエラ・ディトロ(オーストラリア)とともに、国枝の背中があるのだろう。「テニス道」を追求するという意味では国枝が先駆者だ。ファンにはおなじみのフレーズ「オレは最強だ!」は、06年から指導を受けるメンタルトレーナー、アン・クインの助言で口にするようになった。この言葉で自分を励まし、人前でも構わず声に出すことで「試合中の心境も変わったし、集中力も増した」と国枝は言う。

 信念の強さがそのまま言葉にあらわれる。15年の全米の決勝で長年のライバル、ステファン・ウッデ(フランス)を破ると、こんな言葉が聞かれた。

「ラリー勝負になったら誰にも負けない」

 故障から復帰した昨年は苦しいシーズンとなり、全米では初戦敗退に終わったが、「課題が多いからこそ伸びしろもある」と力強い言葉が聞かれた。

 勝っても負けても、威厳を保ち、前向きな力強い言葉を残す。そこに我々は国枝の王者の矜持を見る。

 一方の上地はいつも自分を厳しく律し、甘えを許さない。頂点を極めても、決して向上心を失わない。

 立派な成績を残してきただけではない。二人はチャンピオンにふさわしいメンタリティの持ち主だ。テニスに取り組むマインドセットはまさにアスリートの鏡。世界に誇れる選手たちである。(秋山英宏)

※写真は左から国枝慎吾(Photo by Pat Scala/Getty Images)、上地結衣(Photo by Scott Barbour/Getty Images)