2011年のワールドカップで優勝を遂げたあと、国際統括団体IRB(現 ワールドラグビー)のプレーヤー・オブ・ザ・イヤーは逃したものの、ニュージーランドで年間最優秀選手賞に選ばれ、世界最高の6番(ブラインドサイドフランカー)と呼ばれたジェローム・カイノが、オールブラックスのキャリアを終えることになった。来年、日本で開催されるワールドカップで3連覇を狙うチームに欠かせないひとりと見られながらも、海外移籍の噂が絶えず、もうすぐ35歳の誕生日を迎えるベテランは、2月28日、自身のインスタグラムで、今年のスーパーラグビー終了後にニュージーランドを離れることを認めた。

 オールブラックスのバックローとして81キャップを重ねたカイノは、ニュージーランドラグビー協会、オークランド協会、ブルーズ、並びにオールブラックスに対して、機会を与え成長させてくれたことに感謝したいと述べ、指導や支援、助言などをしてくれたコーチ、スタッフ、スポンサー、メディア、そして最も支えてくれた家族とファンにも思いを綴っている。

 移籍先は明らかにしていないが、『NZヘラルド』紙によれば、フランスのトゥールーズかトゥーロンが有力視されている。

 ニュージーランド協会は海外を拠点とする選手を同国代表のオールブラックスには選ばないため、カイノはもう、シルバーファーンのエンブレムがついた黒衣を着ることはおそらくないだろう。
 2012年から2シーズン、トヨタ自動車ヴェルブリッツに在籍していた間も、オールブラックスではプレーしていなかった。

 アメリカ領サモアで生まれたカイノは、幼少期に家族とともにニュージーランドに移住。楕円球を手にしてはじめはラグビーリーグ(13人制)に熱中していたが、高校で15人制に転向し、センターやフルバックも経験して、やがて最も有望な若きルースフォワードと呼ばれるようになった。2004年にオークランドでプロデビューを果たし、IRBの国際大会でも活躍して年間最優秀U21選手賞を受賞する。
 スーパーラグビーは、日本にいた期間中の離脱はあったもののブルーズ一筋で、通算出場は127試合を数える。そして2015年から3季、キャプテンも務めた。
 オールブラックスの初キャップは2006年6月10日のアイルランド戦で、2011年と2015年のワールドカップ連覇に大きく貢献。昨年は負傷の影響もあり、テストマッチ出場は4試合に終わっていた。