昨年、日本一となった福岡ソフトバンクホークスを支えた千賀滉大と甲斐拓也のバッテリーに共通するのは、育成契約で入団した選手であることだ。支度金のみで契約金はゼロ、背番号は3桁で、三軍からスタートしてチームの主力に這い上がった。 今やソフ…

 昨年、日本一となった福岡ソフトバンクホークスを支えた千賀滉大と甲斐拓也のバッテリーに共通するのは、育成契約で入団した選手であることだ。支度金のみで契約金はゼロ、背番号は3桁で、三軍からスタートしてチームの主力に這い上がった。

 今やソフトバンクが強い要因のひとつともいわれる三軍制度とは何なのか。その意義や実態について、球界で唯一、ソフトバンク(三軍打撃コーチ)と巨人(育成コーチ)の2球団で三軍の指導を経験した大道典良氏(現ソフトバンク二軍打撃コーチ)に聞いてみることにした。


ホークスの日本一を支えた千賀滉大(左)と甲斐拓也の育成出身バッテリー

 photo by Kyodo News

──現役を引退後、2012年に巨人の育成コーチになったときの大道さんの役割を教えてください。

大道 はい。でもその前に、巨人を引退して育成コーチになるまでのお話を軽くさせてもらってもいいですか。

──もちろんです。

大道 2010年に引退が決まり、球団事務所に「4年間ありがとうございました」と、お別れの挨拶に行きました。そこで当時の清武英利GMに「これからどうするんだ?」と急に聞かれたので、「コーチになりたいです」と言ったら、「巨人はすでにコーチの枠は埋まっているけど、ヤンキースのマイナーでのコーチ留学なら自費になるけど仲介はするよ」と言われたのが最初でした。
 
 あまりにも突然だったので、「1日考えさせてください」と。その時すでに九州のテレビ局から解説者のオファーもあったので心が揺らぎました。でも、いろいろな方に相談するなかで、決め手は南海ホークス時代の先輩である加藤伸一さんが「解説者にはいつでもなれる。アメリカに行ける機会は滅多にないからそっちに行った方がいいんじゃないか?」と背中を押してくれたのです。

──それで、ヤンキースへのコーチ留学を決意したのですね。

大道 正直なところ、”えっ? 自費なのか”と思いましたけどね(笑)。でも今思えば、清武さんは僕を試していたのかなとも思います。”コイツ本当にやる気があるのか?”と。僕は自分への投資と考えつつ、そうは言っても途中から巨人が給料くれるんじゃないかなと思っていたんですけど……最後までくれなかったです。そこは安易でしたね(笑)。

──コーチ留学での経験を聞かせてください。

大道 1Aに所属しました。その中でもハイAとローAの2クラスに分かれていて、僕はハイAを担当していました。さらに下にはルーキーリーグがあって、16〜18歳の選手がいるんですが、その中から目ぼしい選手がどんどん1Aに上がってくるんです。選手が昇格する流れがわかって、メジャーにおけるピラミッドを底辺から学びました。

──指導ポイントでの日米の違いは?

大道 ヤンキースのコーチからは、「まずは選手の言うことを聞きなさい」と言われましたね。こちらから教えることは極力避けて、とにかく選手から言ってくるのを待ちなさいと。じっくり見てあげるというのがアメリカの方針なんです。それは今でも役立っています。

 たとえば日本では、プロアマ問わず頭ごなしに言う指導者がいたりしますが、アメリカではご法度(はっと)です。指導の原点は選手をじっくり観察して、コミュニケーションを取ること。それによって、困ったら必ず向こうから相談にくるのです。大発見でした。

──コーチ留学後、巨人に報告はしたのですか?

大道 もちろんです。報告に行ったその席上で、GMから「来年から巨人の育成コーチになってくれ」とオファーがありました。

──快諾されたのでしょうか?

大道 はい。とてもうれしかったですね。だって次の職場が見つかったんですよ。しみじみ留学してよかったと思いました。

──では改めて、巨人の育成コーチになってからの役割を教えてください。

大道 当時、投手では育成からスタートした山口鉄也が一軍で大活躍していました。野手では、松本哲也が芽を出し始めた矢先でした。自分の役割としては、1人でも多く背番号を3桁から2桁へ変えさせるというのがシンプルな目標でした。その考え方については、今も変わっていません。

──しかし、翌2013年にはソフトバンクに移籍されます。

大道 誰それを育て上げたかとかではないのですけどね。古巣に呼び戻された格好となりました。

──ここからは三軍について伺います。ドラフトで本指名される選手と育成指名される選手に何か違いはあるのですか?

大道 あります。基本的にドラフトにかかる選手は、セールスポイントを2つ以上は兼ね備えています。打者なら長距離に飛ばす+走塁とか、投手であればコントロール+フィールディングなど、最低2つはプロレベルに到達していないと本指名はされません。

──よく育成は、一芸に秀でているとか、ロマン枠で指名するともいわれますが?

大道 それも本当です。うちの甲斐拓也がわかりやすい例です。2010年のドラフト会議は、ハンカチ王子こと斎藤佑樹投手が注目でしたね。ホークスも指名しましたが抽選を外し、結果は1位が山下斐紹、2位はギータ(柳田悠岐)、育成枠は4位で千賀、その時の最終指名6位が甲斐でした。

──甲斐選手の指名理由は?

大道 担当スカウトによると、違う選手を視察に行ったところに、甲斐が塁上へ送球する速さとコントロールを見て、一級品という評価で獲得したそうです。当時から”甲斐キャノン”は炸裂していたようですね。

──まさに”一芸”ですね。それからの甲斐選手の頑張りとは?

大道 彼は走攻守において常にメモを取っていました。何も知らない自分だからこその向上心だったのでしょう。こちらから強制はしていません。それと甲斐には幸運もありました。コリジョンルールが彼の味方をしたのです。ルール適用前には、肩は最高でも、あの身体では体当たりのプレーは厳しいだろう、との声もあったのです。

──三軍は社会人、大学、独立リーグとの他流試合もしますが、プロ注目の選手が在籍するチームと知りつつ対戦したりするのですか?

大道 よく見ていますね(笑)。その通りです。球団はそのことを意識して対戦を組むこともあります。巨人時代で特に印象に残っているのは、則本昂大(三重中京大→楽天)、田中広輔(JR東日本→広島)、小川泰弘(創価大→ヤクルト)の在籍チームと対戦したとき。いずれもプロで通用すると上層部に報告しました。
 
 昨年だと、オリックスが1位指名した田嶋大樹です。北海道遠征のリーグ戦で対戦しましたが、ずば抜けていましたね。打者では亜細亜大学から巨人が獲得した北村拓己もドラフトにかかる逸材と見ていました。やはり、実際に体感した印象を、そのまま上に報告できるのはチーム編成において大きいですね。

──三軍の練習日における一般的なスケジュールを教えてください。

大道 僕は博多方面から電車に乗って7時半に球場入りします、コーチ陣と天候や選手の調子などをミーティングして、その日の練習メニューを決めます。メニューをこなして、終わりはウエートトレーニングをして、だいたい16時までですね。

 ちなみに試合は、例えば四国遠征の場合、二軍は電車移動で現地宿泊なのですが、三軍はバス移動での日帰りです。

──巨人とソフトバンクで、球団としての三軍組織の位置づけに違いはありますか。

大道 巨人は常に勝ちにこだわっていました。アマチュア相手にプロが負けることは許されないという方針で戦っていました。ですから、大卒や独立リーグからの入団選手が多いのです。反対にソフトバンクは、個人のレベルアップに比重を置いています。たとえ試合に負けても、3安打した選手が評価されたりしますね。どちらが正しいかは判断が難しいですが、勝利至上主義だと昇格した際に個性が消えてしまう可能性はあると思います。

 あと大きく違うのが、ホークスの一軍選手はケガで離脱すると三軍に落とすことです。多くの球団は二軍でリハビリしますが、うちは、支配下選手がいない中で焦ることなく、しっかり治療に専念させます。昨年は内川聖一やギータが来ました。

 実はこれ、三軍選手たちにとっては、一流選手の練習を間近に見られるチャンスなんです。いくら僕らが口で言うよりも、リハビリ中とはいえ彼らの練習を見た方が断然効果的です。100の言葉より1本のスイング、動く教科書的な役割をしてくれるわけですから。



選手の指導に情熱を注ぐ大道典良コーチ

──ホークス三軍の注目選手を、こっそり教えてください。

大道 長谷川宙輝(ひろき)という投手がいるんですけど、この子は間違いなくきますよ。昨年、彼を初めて見た時に、みんなビックリしたんです。「なんじゃコイツは!」みたいな雰囲気でした。投手コーチも最初は「大したことないよ」とか言っていながら、バッティング投手をやっているのを見て「よくこんなのがいたな」と改めて驚いていました。

 左で150キロ投げます。しっかり練習しますし、間違いなく近いうちに支配下になりますね。数年したら一軍のローテに入っているかもしれません。”千賀2世”になる可能性も秘めています。タイプはまさに剛腕投手で、西武の菊池雄星みたいな感じですよ。

──打者では?

大道 多すぎて言えません(笑)。長距離打者もいればバットコントロールの優れている選手もいて、タレント揃いです。二軍の試合に行っても、みんな結果を出すんですよ。イチオシ選手は? と聞かれても、バッターに関しては誰が出てきてもおかしくありませんとしか言えないです。

──今季は二軍打撃コーチになります。三軍とはまた違いますが、新たな役割にかける思いを最後に聞かせてください。

大道 二軍は、一軍から調子を落とした選手がいる、ベテランもいる、外国人選手もいます。そして主体は若手となります。三軍よりも、いろんな角度から接するので仕事はメチャクチャ多いですが、その分、育成とはまた違った楽しみも増えます。

 初めて一軍に行った選手が活躍する喜びや、調子が悪くなった選手が再調整して一軍で復帰してくれるという楽しみもあるし、ベテランがもうひと花咲かすうれしさもあったりします。技術云々よりも、とにかく大切なのは”ケア”ですね。頑張ります!