「マインドフルネス」は、現代のトップ・ビジネスマンなどに利用される瞑想法の一種として注目を集めていますが、一方で名だたるスポーツ選手たちもその効能を認めています。 例えばサッカーの長友佑都選手は著書『ヨガ友』(飛鳥新社刊)の中でマインドフ…

 「マインドフルネス」は、現代のトップ・ビジネスマンなどに利用される瞑想法の一種として注目を集めていますが、一方で名だたるスポーツ選手たちもその効能を認めています。

 例えばサッカーの長友佑都選手は著書『ヨガ友』(飛鳥新社刊)の中でマインドフルネスについて言及していますし、大相撲の琴奨菊関が取組前に行う「琴バウアー」と呼ばれる動作もマインドフルネスの一環とのこと。他にもバスケットボールのマイケル・ジョーダン選手、テニスのジョコビッチ選手などなど、世界的なアスリートたちがマインドフルネスを取り入れていると言われています。

 マインドフルネスは集中力を高め、自分の最高のパフォーマンスを引き出してくれるものということですが、それはつまり『テニスの王子様』や『黒子のバスケ』といったスポーツ漫画に出て来る「ゾーン」の状態ということ!? なんてことを期待する人もいるのではないでしょうか。

 そこで今回、マインドフルネスがスポーツ競技者に与える影響についていくつも研究論文を発表している、筑波大学の雨宮怜特任助教にお話を伺いました。はたしてスポーツ分野におけるマインドフルネスの効能とは?

マインドフルネスの起源が仏教

――初めに「マインドフルネス」の意味を教えていただけますか?

マインドフルネスはもともと仏教から来ています。仏教での瞑想というと「悟りを開く」といったことを連想されると思うんですけど、マインドフルネスは悟りに至る過程の1つである「正念(しょうねん)」から宗教色を取り除いて、より皆さんが使いやすいようにしたものと言われています。

その解釈は人によっていろいろなのですが、一番有名なのは、ジョン・カバットジン博士が言った「意図的に、この瞬間に、価値判断せずに、注意を向けること」でしょうか。他にも「今の自分の状態に気づいて、それを受け入れること」、「今の自分の体験に気づいて、自分を守る姿勢」と言ったりもしますね。僕がアスリートに伝えるときは、一言で「自己客観視能力」と説明したりもします。

▲取材では、スポーツ学部の学生を迎え、マインドフルネスのプログラムを実際に見せていただいた。前に座る雨宮先生が優しい語りかけで、意識の集中をうながしていく

「自己客観視能力」を培うことができたスポーツ選手もいる

――スポーツ選手がマインドフルネスを取り入れた際の効果を教えてください。

例えばアスリートの中には、頑張りすぎてバーンアウト(燃え尽き症候群)してしまう人がいます。その原因の1つが、身体の防衛本能として、トレーニングなどの辛さに気づかないようになる、ということがあるんです。ただ、それが長引くと、ストレスがかかっていても気がついていない状態が続くので、胃潰瘍や身体的な疲労の蓄積など、身体に悪い症状が出ることもあります。

そういった状態になる前、あるいはなっているときに自分の身体の感覚に気づけるのは大事なことなんです。それは結局、怪我の予防やコンディションの調整のきっかけとなって、結果的にパフォーマンスの低下を抑えることにもつながりますから。

マインドフルネスのプログラムをやったことで、自分の身体の状態に合わせて練習の内容や量を調整できるようになった人もいました。自分を客観的に見るようになったことで、「これ以上やるとまずい」というのに気づくわけですね。

あとは、マインドフルネスのトレーニングを行うことで、身体感覚への気づきが鋭くなるという研究があるのですが、アスリートにマインドフルネスを指導する中で、自分の感覚と実際の身体の動きが一致するようになったりもします。例えば、人というのは緊張すると認知、つまり世界の見え方が歪むんですね。テニス・プレイヤーの場合であれば、緊張するとコートが普段より狭く見えたり、ネットが高く見えたりするんです。野球のピッチャーの場合であれば、キャッチャーが小さく見えて、バッターが大きく見えるとか。緊張によってネガティブな認知をしてしまうんです。

そういった認知の歪みを頼りに競技をすると、実際の世界とはズレたパフォーマンスをしてしまうのですが、自分の身体の感覚という、パフォーマンスの結果と最も繋がっている情報を頼りに競技をすることができれば、パフォーマンスの結果と身体感覚の情報をすり合わせて、どこをどう調整すればパフォーマンスが発揮できるのかが分かるようになります。

そうすると、自分の身体の感覚に合わせたプレイができるようになります。「今、身体が傾いた」という自分の感覚と、他の人から「今傾いていたね」と言われることが一致し始めたり、「調子が悪い時は腕が下がってボールがオーバーする。今日はよくボールがオーバーするから、腕を上げてみよう」といった自己調整ができるようになります。これもすごく大事なことだと思います。

マインドフルネスを続けていくと、思考や感情に影響されず、目の前のことに集中できるようになります。緊張や焦りなどに効果があると言われていますし、ストレスにさらされながらも、常に自分の能力を出さないといけない人にとって役に立つ方法なんだと思います。

▲取材時は2種類のマインドフルネスのプログラムを見せてくれた。1つは床に寝そべり、順番に身体全体の感覚に注意を向けるもの。もう1つは座禅を組んで、呼吸に集中していくもの

身体が感じていることに意識を向けて欲しい

――簡単にマインドフルネスを実践する方法があれば、紹介していただけますか?

簡単なのは、ただ呼吸に注意を向けるという方法ですね。目を閉じて、楽な姿勢をして、「呼吸の感覚」を認識するんです。一番わかりやすい「呼吸の感覚」はお腹が膨らんだりへこんだりする感覚でしょうか。注意がそれることもありますが、むしろそれは自然なことなので、「ああ今注意がそれたな」ということに“気づいて”意識を呼吸に向け直すというのが重要です。

「三分間呼吸空間法」というプログラムもあります。最初、身体の感覚に意識を向けて、今自分の身体がどんな状態かを感じて、次に自分の感情にどんなことが浮かんでいるかを意識して、最後に自分の思考に何が浮かんでいるかに意識を向ける。これを最初の一分間でやって、次に呼吸に注意を向けて一分間、最後にまた全身に注意を向けて一分間やります。

あとは「葉っぱのエクササイズ」でしょうか。頭の中に川をイメージして、自分の頭に浮かんでくる言葉を川に流れる葉っぱに乗せて、そのまま流していくのを観察するというプログラムです。自分の浮かんでくる思考を葉っぱに乗せて、ただ観察するという練習ですね。詳しくは、早稲田大学の熊野先生のご著書をご覧いただくと良いかと思います。

――「注意を向ける」という感覚を、もう少しわかりやすく説明すると?

僕の場合、よく「身体の感覚を味わってください」と言いますね。今自分が体験している感覚に意識を向ければいいんです。それが「何も感じない」という感覚でもいいですから。

――マインドフルネスのプログラムはどの程度行うといいのでしょうか?

通常のプログラムだと、8週間、ほとんど毎日40分ほどのワークを行うなんていうこともありますが、僕がアスリートに教えるときは、10分とか、長くても15分くらいでやってくださいと言っています。毎日練習した方がいいことはいいのですが、「必ず毎日やらなければならない」と思うと続けづらくなるので、そこは柔軟に対応していいのではと思っています。

ただ、試合直前だけやったりしても、おそらく効果はありません。やはり習得するものであり、継続したトレーニングが必要ですからね。一定期間は専門家の指導が必要だと思いますが、一度習得してしまえば、本人が自分の専門家として、自分だけでできるようになることも、マインドフルネスや瞑想の魅力です。

▲紹介していただいたマインドフルネス関係の書籍(英語版)

本来持っている実力を発揮したいと思っている人に向いているかも?

 マインドフルネスは、雨宮先生のお話しにあった通り、スポーツ分野でも効果が認められているもののようです。漫画のように実力が劇的に向上するかというと、そういうものでもなさそうですが、常に自分の本来の実力を発揮したいという人に向けての可能性を感じました。興味を持った人は、まず紹介していただいた簡単な練習から取り組んでみましょう。

[プロフィール]
雨宮怜(あめみや・れい)
筑波大学体育系・特任助教、臨床心理士。1989年、茨城県生まれ。筑波大学大学院博士後期課程修了。日本学術振興会特別研究員DC2、筑波大学体育系研究員などを経て、筑波大学体育系・特任助教に。専門は「健康と実力発揮のためのマインドフルネス・プログラムの開発と実践」「アスリートのバーンアウトをはじめとしたメンタルヘルスの問題」。筑波大学体育系アスリートメンタルサポートルーム相談員も務める。「スポーツ競技者のパフォーマンス低下を抑制するマインドフルネスの役割」(心理学研究)、「スポーツ競技者のアレキシサイミア傾向とバーンアウトに対する抑制因としてのマインドフルネスの役割」(スポーツ心理学研究)、「マインドフルネス」(体育科教育)など、マインドフルネスに関する学術論文を多数執筆している。

<Text & Photo:大久保徹(H14)>