ニューイヤー駅伝2018、神野はアンカーを務め、順位を9位から7位に上げた神野プロジェクト Road to 2020(12) およそ1カ月前、2018年元旦のニューイヤー駅伝。9位で襷(たすき)を受けたアンカーの神野大地(コニカミノルタ…



ニューイヤー駅伝2018、神野はアンカーを務め、順位を9位から7位に上げた

神野プロジェクト Road to 2020(12)

 およそ1カ月前、2018年元旦のニューイヤー駅伝。9位で襷(たすき)を受けたアンカーの神野大地(コニカミノルタ)は23秒差で前をいくDeNAら3チームを追ってスタートした。

「タイム差がそれほどなかったので、最初は無理してでも追いつこうと思っていました」

 最初からピッチを上げ、5.8km地点で追いついた。

 福岡国際マラソンから約1カ月、そのレースに参戦した佐々木悟、深津卓也(ともに旭化成)らはエントリーしたものの、この駅伝には出場していない。神野は福岡で両足にマメができて、1週間ほど走ることができなかった。2週間前から通常の練習に入ったが、状態は万全とは言い難い状況だった。だが、強烈な寒風が吹き荒れる中、神野は力強い走りをみせたのである。

 昨年12月3日、マラソン初挑戦となった福岡国際マラソンで、神野は2時間12分50秒というタイムに終わった。レース後、トレーナーの中野ジェームズ修一は神野の足をチェックし、「ハムストリングスと臀筋の出力を上げるこれまでの通りのやり方を続けるのか、それとも、もう少し大腿四頭筋も使わせる走りに転換するのか、そこは神野と話をしていかないといけないですね」と語った。その時、これまでのやり方を改めるかもしれないという中野の発言に驚いた。

 いったい神野の足に何が起こっていたのだろうか。

「福岡国際まで、蹴り上げてストライドを広げていく走りができるようにハムや臀筋の筋肉を十分に鍛えてきました。レースが終わった後、私の中ではマラソンを走ったのだからハムと臀筋がこのくらい張っているんだろうなっていうイメージがあったんです。でも、触ってビックリしました。ほとんど張っていなかったんです」

 それは、これまでのトレーナー経験からほとんどあり得ないことだった。

「これ以上無理というくらいつくったはずの筋肉が張っていないのは、2つの理由が考えられます。ひとつはそれ以上に筋肉がついている、もうひとつはまったく使っていない。神野は後者で、ほとんど使えていなかった。せっかくV8のエンジンに載せ替えたのに使っていない。ただ、それであのタイムだったので、使っていたらもっとすごいところ(順位)にいくのにとチクリチクリと言ったんですが……そこは大きな課題になりましたね」
 
 春から筋肉をつくり、蹴り上げを意識し、フォームを変えてきた。練習での走りでは鍛えてきた筋肉を使えている手応えも感じていた。なぜ、本番のレースで使われなかったのか。中野はこう言い切る。

「ガチガチに緊張した影響ですね。実は絶対に緊張するだろうなって思って、アップの時に走りがおかしかったら指摘しようと思っていたんです。チェックした時、ちょっと緊張している走りをしていたけど、修正してトラックを走った時はよくなっていた。

 でも、いざスタートしたらフォームがまたおかしくなっていた。緊張すると前の筋肉を使いたくなるんですが、10km過ぎてもまだ緊張していたので、必然的に大腿四頭筋を酷使していました。大腿四頭筋は他の下肢の筋肉に比べ持久性が低いので、その時点で限界に近かった。そこでハムや臀筋を使う走りに切り替えることができたらよかったけど、それもできなかったんです。

 神野は青学時代から見ているけど箱根の時はかなり緊張していたし、基本的に”緊張しー”なんですよ。でも、あのレベルのレースで緊張していたら、五輪本番ではもっと緊張するだろうし、それじゃ強い選手になれない。

 神野にもよく言いますけど、福岡で緊張しているようだとレベルが低いし、コンディションが合わせられなかったとか、体がきついとか、海外の大会はレベルが高いとか言って勝てない選手は弱い。どんな環境でも結果を出すという点においては、神野はまだ弱い選手ですね」

“緊張感”は勝負するときに多少は仕方がないものだが、神野の場合、過緊張に近い状態にあったようだ。走り始めて10分間も表情が変わらず、硬いままだったのがそれを証明している。ただ、この過緊張は初マラソン独特のものでもあると考えられ、2回目以降は緊張が過度になることはないだろう。もちろん東京五輪の舞台は、まったく別ものなのだが。

 いずれにしても、現実問題として前半から使った大腿四頭筋はさほど鍛えておらず、そこを使い切った後の切り替えた走りもできなかった。今後も緊張から大腿四頭筋を使って走る可能性は少なくはない。大腿四頭筋の強化をどの程度進めるのだろうか。

「今回、レースであれだけ大腿四頭筋を使ったので、今後はある程度はつくっていったほうがいいと思っています。それで神野の不安も解消できる。大腿四頭筋はレイヤートレーニングの中で体重の乗せ方の位置や足の置き方で調整できるので、これまでのトレーニングの中でやっていきます。より強い足がつくれると思います」

 神野はレース後、「蹴り上げと前傾を忘れてしまった」と言った。それは緊張による影響もあるが、まだ自分のモノになっていないということでもあるだろう。それゆえに大腿四頭筋を使うことになり、前傾フォームが乱れた。今後、大腿四頭筋を鍛えていくことにはしたが、なかなか前傾が取れないフォームについては、どうするのだろうか。

「福岡では思うように適度な前傾ができていなかったので、このまま前傾しないフォームで押し切るという策もありますが……。1月7日から始まるニュージーランドの合宿での走りを見て、神野と相談をした上で決めようと思っています」

 神野と中野は昨年の春から二人三脚でやってきた。1年の目標として福岡国際マラソンでの優勝、MGC(マラソン・グランド・チャンピオンシップ)出場権の獲得を掲げていた。今回の結果を踏まえて、中野が考える神野の現時点での完成度はどのくらいなのだろうか。

「まだ、私の思い描くところの20%ぐらいです。ひとつひとつ階段を登ってきましたけど、もうちょっと登れたかなというのが本音です。筋肉をしっかりとつくったけど、使えるようになっていない。まぁ、思い通りにポンポンといくことはあまりないんですが、でもプラスにはなっています。福岡も弱いところが明確になったことを考えれば、意味があるレースだったと思います」

 その福岡では日本人トップの大迫傑(2時間7分19秒)と5分以上の差をつけられた。中野は、この差については、どう感じているのだろうか。

「今の神野が持っているフィジカル、マインド、能力をフルに出すことができたらイケると思います。ただ、それをどうしたら引き出すことができるのか。何か新しいトレーニングが必要なのか、メンタル(トレーニング)をやるべきか……。力を引き出すために何が必要なのか今はまだちょっとわからない。神野もあれだけ差をつけられて悔しいと思いますが、大迫選手にあって自分には足りないものが何かっていうのを考えてほしいなと思いますね」
 
 中野は少し厳しい表情で、そう言った。卓球の福原愛など、ひとりのアスリートを8年間以上見てきたケースも多くあるが、それでも未だにわからないことがたくさんあるという。神野のことも十分理解しているわけではない。「そこは陸上専門や神野専任ではないトレーナーの弱みでもある」と中野は言う。今後はコニカミノルタの磯松大輔監督とももっと話をしながら指導を仰ぎ、神野の力を引き出す術(すべ)を模索していく。