ロシア軍特殊部隊の将校であった、ミカエル・リャブコ氏により創設された格闘技「システマ」。世に存在する多くの格闘技は、相手を打ち倒すことを目的としていますが、システマは「生存すること」を最大の目的としています。

 システマには基本となる構えもなければ、試合もありません。敵を倒すことよりも生存することに主眼を置いているので、戦闘が発生してしまった場合はまず戦いを終わらせることを優先させます。互いのダメージを最小限にして戦闘を終わらせれば、恨みも残らず平和的な解決ができる。それが、システマの考えです。

 従来の格闘技とはだいぶ毛色の異なるシステマを体験するべく、ミカエル・リャブコ氏から公認システマインストラクターとして認可された北川貴英氏が主催するシステマ東京の練習に潜入しました。

生きのびるための総合的なノウハウ=システマ

 「システマ東京のクラスには30代~40代の働き盛りの男性がメインに通っています。もちろん、女性もいらっしゃいます。皆さん、単に格闘技を習うというよりも、人生や仕事にシステマの思想を応用するために通われています」と、北川氏は語ります。システマとは、人生をサバイブするための総合的なノウハウを学ぶための仕組みであり、格闘術はその中の一部だということです。

▲公認システマインストラクターの北川貴英氏

 最初は2人1組のマッサージから始まります。足を使い体重をかけて、寝そべった相手の全身をほぐしていきます。マッサージをされる側は、全体重をかけて身体を踏まれるのでなかなかのしんどさです。

▲身体全体を入念に足でマッサージしてもらいます

 北川氏によるとこの足で踏むマッサージの目的は2つあります。

「このマッサージはボディウェイトマッサージと言い、他者に触れること、他者から触れられることに慣れるために行います。足で強く身体を踏み込まれると緊張した部位に痛みが生じます。この痛みを逃そうと呼吸をすることで、自然に呼吸とリラックスの方法が身についてきます」

 システマの基本的な呼吸法は、鼻から息を吸って口からふーっと自然に吐くというもの。これにより、身体的、精神的な緊張をリセットします。

 最後に、「緊張はがし」と呼ばれる背骨から肉を引きはがすようなイメージで揉みほぐすマッサージをします。これも慣れていないとかなりの激痛。

▲「緊張はがし」と呼ばれる独特のマッサージ

 足で踏むボディウェイトマッサージは身体を圧迫することでリラックスを促します。これに対して、緊張はがしは筋肉を引っ張ることでリラックスを促します。両方を行うことで、よりリラックス効果が高まるのです。

ナイフを持った相手を前にして、自由に動き続ける訓練

 システマには決まったカリキュラムなく、毎回異なる練習が行われます。この日のメニューは、ナイフを使ったトレーニングが行われました。ここで学ぶのは「ナイフを持つ相手にどう対処するか?」といったことではありません。ナイフを突きつけられるという日常生活ではあまり経験できないイレギュラーな状況の中で、自分はどういう不安を感じるのか? その不安をいかにコントロールして冷静に動いていくか、ということを体験して学んでいきます。

▲練習用のナイフ

 2人1組になり、寝ながら動いている相手に対して、もう一方の人は容赦なくナイフを突き立てていきます。ナイフを向けられている方はナイフを避けるために横になっている状態で自由に動いていきます。手でナイフを払ったり防いだり、動きを止めてしまうのはNG。攻撃され続ける状況下で、どう自由に動いて危機を回避していくか。攻守ともに動きはとてもゆっくりですが、常に頭で考え、身体を動かしていく必要があるので、疲労感はなかなかのものです。

▲攻撃されても止まることなく動き続けます

「ナイフを前にすると最初は皆さん戸惑いますが、徐々にその人なりの動きができるようになってきますね。一番よくないのが固まってしまうこと。ひとつの動きに固執せず、いろんな動きをやってみる。そうすることで、自分の頭に無意識に課せられたルールを外すことができます」(北川代表)

 武器を持った相手が目の前にいて、容赦なくナイフを突き刺してくる。そんな状況に陥れば、緊張して身体がこわばってしまうのは普通のことでしょう。けれども、システマではリラックスした状態でナイフを受けて、動き続けるのです。練習用のナイフなので刃こそついてはいませんが、ずっしりとした重量でおもちゃとは違うリアルな存在感があります。

自分が縛られているルールや思い込みを捨てる

 慣れてきたら、目をつぶってナイフを回避したり、刺される側の反撃も認められます。自由に動き回れるといっても、まわりに多くの練習生がいるので、ぶつからないよう考慮しながら動いていきます。

▲2人から同時にナイフで攻撃されても動きを止めてはいけません

 グラウンドだけでなく、スタンドでの攻防も行われます。上半身だけでなく下半身も攻めたり、2人から同時に前後から攻められたり、そんな危機の中でも慌てることなく動き続けて攻撃を避ける冷静さが求められます。

 続いては少々変わったメニューを実践します。それは、相手が持っているナイフに触れるだけというもの。刃物に素手で触れるというと、真剣白刃取りのように手のひらを使って触れることをイメージしがちですが、肘や膝を使ってもいいし、肩や頭部を使ってもいいわけです。この思い込みやルールからの脱却が、システマの重要な教えの1つです。

 終盤では、相手のナイフを自分の動きで絡め取る練習も行われました。ここでも、決められた動きでナイフに対処するのではなく、自分で考えた動きで対処していきます。

 ナイフというストレスを前にして、いかに冷静に対処するか。システマのトレーニングとは、決められた型や動きを学ぶのではなく、ルールのない状況下でも自分で考え、動いていくことを訓練するものです。この日は90分間、休憩なしでナイフを使ったトレーニングの時間となりました。

仕事や人生にも応用できるシステマの思想

 もともと空手や古武術をやっていたという北川氏がシステマの公認インストラクターになったのは2008年。「システマには決まったルールもなく、必要以上の筋肉も負荷となるのでつけません。他のどんな格闘技にも似てない、それがシステマの特徴です」

 システマを学んで8カ月というパウラ・ドウントさん。「システマのおもしろさは深くてシンプルなところです。身体のコンディションを整え、頭をヒーリングさせる、単なる格闘技ではない魅力があります」と、システマを学ぶ理由を語っていただきました。

 「サバイブする」ことに主眼を置いたロシアの格闘技システマ。ルールに縛られず常に動き続けるという基本は、仕事や人生においても応用できるとも言えるでしょう。単なる「格闘技」の枠ではくくれないシステマの奥深さがそこにあります。

《参考サイト》
・システマ東京ホームページ
https://www.systematokyo.com/

<Text:舩山貴之(H14)/Photo:杉山順平>