米古生物学者スティーブン・ジェイ・グールドが唱えた説「本塁打を除くグラウンド内に飛んだ打球が安打になった割合」であるBA…

米古生物学者スティーブン・ジェイ・グールドが唱えた説

「本塁打を除くグラウンド内に飛んだ打球が安打になった割合」であるBABIPは、なぜ3割前後で変わらないのか。それに関連する数字である「打率」も、なぜ.250前後で変化しないのだろうか。

 これは大きな謎である。グラウンドが変化し、ボールが変わり、バットやグラブも大きく変化してきた。そして選手の体格も大きく変わっているのに、なぜ安打になる率はずっと変わらないのだろうか?

 これにも様々な考察が加えられているが、意外な人物が「正解」と思しき考えを発表している。

 スティーブン・ジェイ・グールド、アメリカの古生物学者である。カナダ、バージェス頁岩から、これまで全く知られていなかった古生物が発見されたことを体系づけて紹介し、古生物学に革命をもたらしたことで知られる。同時にグールドは、熱狂的な野球ファンとしても知られている。来日した際に、神宮球場でヤクルト-広島戦を観戦したが、そのとき食べた叙々苑の焼肉弁当の包み紙も大事に保管していたと言われる人物である。

 グールドは「Full House(日本での書名は「フルハウス 生命の全容」)」という本で、ダーウィンの進化論を根底から覆す説を唱えて衝撃を与えた。グールドはこの本の中で、進化のメカニズムを「4割打者はなぜ消滅したか」と、大好きな野球を例に引いて説明した「4割打者消滅論」も記しており、その過程でリーグ打率が、時代が変わってもずっと変化しない理由を説明している。

米MLBではベーブ・ルースが登場した1920年に超打高投低に

 グールドによれば、MLBが創設され、試合結果が数字で記録されるようになってからというもの、ルール管理者が常に投打のバランスを気にかけ、極端な打高投低や投高打低になったときは、ルールを修正して針の振れを元のバランスにもどす努力をしてきたとし、文中にも「ルール改正者たちは紙と鉛筆を手に陣取り、平均打率が理想レベルに復帰するようなルール改正を予言しようとしているなどとは、とても思えない。むしろその時々の有力者たちは。打者と投手の間の適切なバランスを取り持つ独特の感覚を備えていて、しかるべくその都度細かいところ(マウンドの高さ、ストライクゾーンの大きさなど)をいじくるのだろう」と記している。

 その結果としてBABIPは3割前後に維持され、リーグ平均打率も.250前後で固定されるのだ、としているグールドのこの本は、マクラッケンがBABIPの考えを発表する1年前に世に出ている。そのため、BABIPに言及していないが、奇しくもその理由を説明していたのである。

 さらに、グールドは野球史の中には、リーグ管理者がわざと投打のバランスが崩れるのを放置した時代があるとも語っている。それは、ベーブ・ルースの登場によって出現した圧倒的な打高投低時代となった1920年だという。リーグ打率は.290を超え、チームによっては3割を超えた。しかし、リーグ管理者はこの状態を放置した。

 1920年と言えば、MLB最大のスキャンダルである「ブラックソックス事件」が明るみに出た年。これによって野球人気は急落したが、このタイミングでベーブ・ルースがすい星のように登場し、本塁打を連発。人々を熱狂させた。リーグ管理者はこのブームに乗って、スキャンダルの悪いイメージを払しょくするために、反発係数の高いボールを導入して打高投低を演出したのだとしている。

日本では戦中にリーグ打率が2割を切る投高打低に

 付け加えるならば、日本にもリーグが投打のバランスが崩れた時代がある。それは戦中だ。

 戦争が始まり、グラブやバットは劣悪となり、ボールも粗悪になった。しかし物資が不足したためにバランスを元に戻すことはできなかった。1942年のリーグ打率は.197にまで低下。3割打者は姿を消し、首位打者は.286の呉波(巨人)が獲得。リーグのBABIPも.213まで下がっている。

 BABIPやリーグ打率は、野球の投打のバランスを常に好ましい状態に保っておきたいというリーグ管理者の手によって、一定に維持されてきたというのが、グールドの考察だ。ともすれば、「3割打者」は、野球を「あるべき姿」に維持しようと考えるリーグと球界の意思によって、その地位を保ってきたとも捉えられるのではないだろうか。(広尾晃 / Koh Hiroo)