練習の2割も出せなかった敗北
2017年12月30日、ボクシング・井上尚弥(大橋ジム)はWBO世界スーパーフライ級の7度目の防衛に成功。いや、”成功した”と言う次元ではなく、まさに「怪物」の名に相応しいノックアウト劇だった。
試合後のリング上では「2018年はバンタム級へ行きたい」と明言。また、更なる境地を求め「アメリカやイギリスも盛り上がっているので、そう言った敵地にも身を置いて闘ってみたい。」とも述べた。
2017年は国内リングを飛び越え、米国進出を果たした井上尚弥。破竹の勢いの「怪物」を生み出した、ボクサー人生を変えた忘れれない一つの敗北があった。
プロ転向前の2012年4月だった。ロンドン五輪予選会を兼ねたアジア選手権。ライトフライ級決勝で11-16の判定負けを喫し、目標としていた五輪出場を逃した。過去に世界選手権で銀メダルを獲得したこともある地元カザフスタンのビルジャン・ジャキポフに屈した。19歳になったばかりだった。
「練習してきたことが、2割も出せませんでした」
相手との実力差うんぬんではなく、自分の力を出し切ることができなかった。
「気負いすぎていましたね。自分は大振りになるし、相手のパンチはもらうし。大事な試合でそういうミスをしてしまった。そこからですね。試合はとにかく平常心でやろうと強く心に決めました」
五輪出場を逃した喪失感にうちひしがれることなく、前を向いた。それも冷静な自己分析をもって。挫折から立ち上がるには強いエネルギー、熱が必要とされるケースは多い。だが、井上は冷静に自分自身と敗戦内容を見つめ直し「平常心」という武器を持ってリスタートの一歩を踏み出した。
「試合だからといって気持ちを入れすぎたり、気負ったりしても、普段練習している気持ちとは違う。それだと、普段の練習の力を出すことができない」
気負わず、いかに平常心を保つか そのために考えた事・・・
練習の自分を、いかに本番のリング上で出し切れるか。そのためにはメンタル的にも、練習を重ねている普段の状態を保つことが必要不可欠だと気付かされた。
以来、ココロを整えてリングに上がるために、さまざまな工夫を凝らしている。
「普段の練習通りにという気持ちで入場したり。控え室のアップでも、そのことをまず意識するようにしていますね」
プロデビューは屈辱の敗戦から半年後の10月。フィリピンのクリソン・オマヤオと49kg契約の8回戦が組まれた。
「長丁場になることもある。1ラウンド目から気負って力み、気持ち入れていかなくても、自然と組み立てていけば練習してきたことが出せるんじゃないかな、と思って臨みました」
重圧の掛かるはずのデビュー戦で、平常心を貫いた。1回にいきなりダウンを奪い、4回KO勝利。そこから14戦全勝の無敗ロードを、現在も力強く歩み続けている。
怪物の自己評価は「伸びしろは・・・」
ただ、自分の中で練習通りのボクシングを、試合で出し切れた感覚はまだないと言う。
「何割出せているかというのは難しいですけど。感覚的には全然出ていない。練習でできていることが試合でできれば、多分みんな強いんですけど。そこは難しいです」
怪物のココロとカラダは、まだ完全なる一致はみていない。そしてだからこそ「伸びしろは全然あると思います」と言い切る。
挫折から生まれた平常心という武器。冷静に整えられたココロが怪物の歩みを根底から支えている。
スーパーフライ級、日本と言う域にとどまらず、もしかすると「歴代世界最強」と言う称号を手にするのは遠くはない未来なのかもしれない。
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※健康、ダイエット、運動等の方法、メソッドに関しては、あくまでも取材対象者の個人的な意見、ノウハウで、必ず効果がある事を保証するものではありません。
〔文/構成:ココカラネクスト編集部 〕
井上尚弥 (いのうえ・なおや)
1993年4月10日、神奈川県座間市出身。
今もコンビを組む父・真吾氏の下、小学1年でボクシングを始める。相模原青陵高校時代に7冠を達成し、2012年に大橋ジムからプロ入り。戦績14戦全勝(12KO)。15年に結婚した高校時代の同級生との間に今年10月、長男が誕生した。
2017年12月30日にWBO世界スーパーフライ級チャンピオン防衛戦。