今年11月、サンシーロを訪れたカカ。ミランファンからは今も絶大な人気を誇る 12月17日、元ブラジル代表MFカカ(3…

今年11月、サンシーロを訪れたカカ。ミランファンからは今も絶大な人気を誇る
12月17日、元ブラジル代表MFカカ(35歳)が現役引退を発表した。
2007年の年末にFIFAの年間最優秀選手に選ばれてから、ちょうど10年目の節目となる日だった。ブラジルの有力テレビ局「グローボ」の日曜朝の人気スポーツ番組『エスポルチ・エスペタクラール』に出演し、17シーズンに及んだ自身のキャリアを、ときには笑顔で、ときには涙を浮かべながら振り返り、将来についても言葉を紡いだ。
父親がエンジニア、母親が教師という中流家庭の出身。サンパウロの高級住宅地モルンビー地区に自宅があり、一家はサンパウロFC(総合スポーツクラブで、それとは別にプロサッカー部門がある)の会員だった。カカはそのアマチュア部門の少年チームでサッカーを始めた。
本人によれば、「子供の頃からボールを蹴るのが大好きだったけど、プロになりたいと真剣に思ったことはなかった」という。しかし、チームのコーチに才能を見込まれ、プロを目指す子供たちがしのぎを削る下部組織へ送り込まれた。
ブラジルでは、サッカー選手のほとんどが貧困家庭の生まれだ。「サッカーで成功することが社会的なステイタス上昇のための唯一の手段」と考え、なりふり構わずプロを目指す。
そんな他の子供たちとは家庭環境があまりにも異なるため、嫌がらせやいじめを受けるのではないかと心配したカカの母親は、練習後、しばしばチームメイトを自宅へ招いた。そしてサンドイッチやジュースを振る舞いながら、「うちの子と仲良くしてね」と頼み込んだという。
プロとしてのキャリアを始める前に、カカは大きな危機に直面する。U-20で練習を積んでいた18歳のとき、休暇中にプールで遊んでいて、頭をプールの底に強く打ちつけて脊椎を損傷。「僕はまたサッカーができるんでしょうか」と悲痛な面持ちで尋ねた少年に対し、医者は「君はあやうく半身不随になるところだったんだ。歩けるだけでも神様に感謝しなさい」と答えた。
2カ月余りの治療の後、練習へ復帰。すると2001年の初めにトップチームの監督から「MFとFWを1人ずつ貸してくれないか」と頼まれたU-20の監督は、「MFのレギュラーは貸せないが、彼の控えでよければ……」と返答する。それが、故障上がりの童顔で痩せっぽちの少年だった。
カカはシーズン前哨戦で鮮烈なデビューを飾り、貴重な得点を記録。ほどなく名門サンパウロFCのレギュラーポジションを獲得した。この活躍がブラジル代表のルイス・フェリペ・スコラーリ監督の目に留まり、2002年ワールドカップ(日韓)に招集される。カカは1次リーグのコスタリカ戦に途中出場し、チームは通算5度目の優勝を達成した。
2003年、イタリアの名門ACミランへ移籍すると、爆発的な加速でマーカーを引きちぎり、強烈なシュートを叩き込んでミラニスタを熱狂させた。ゴール前やや左寄りの位置で右足を強く振り抜くと、ボールは大きなカーブを描いてファーサイドへ吸い込まれる。その美しい軌道に、世界中のサッカーファンが魅了された。
ミランでは2003~04のセリエA制覇に貢献し、2006~07の欧州チャンピオンズリーグ(CL)優勝の立役者となり、2007年には世界年間最優秀選手に選ばれた。
2009年1月、マンチェスター・シティから、1億ポンド(約130億円)という、当時としては世界歴代最高となる移籍金を提示されたが、これを拒否。残留を求めて自宅へ押し掛けたミラニスタたちに、バルコニーからミランのユニフォームを掲げてクラブへの忠誠を誓った。
思えば、この頃が全盛期だった。2009年6月、レアル・マドリードへ移籍したが、恥骨の痛みなどによる体調不良もあって、ジョゼ・モウリーニョ監督の信頼を失った。とりわけ、2012年4月のCL準決勝バイエルン戦第2レグのPK戦でキックを失敗して以降、チームでの居場所がなくなった。
2013年9月、古巣ミランへ復帰したが、すでに以前のような輝きはなかった。2015年、MLSのオーランド・シティへ移籍。3シーズン、中心選手としてプレーした後、今年10月に退団した。その後、サンパウロFCを含む複数のクラブからオファーを受けていたが、「熟慮の末、シューズを脱ぐことを決心した」(カカ)のである。
今後については、「マネジャーや強化部門の責任者など、クラブとピッチをつなぐ仕事をしたい。これから、そのための勉強をする」と語っている。すでに古巣のサンパウロFCやミランから「ポストを用意するから、すぐにでも来てほしい」と声を掛けられているが、現時点で去就は決まっていない。
テクニックよりも、スピードとパワーに頼るプレースタイル、端正な風貌、品行方正で優等生的な言動は、ブラジル人スター選手のステレオタイプとは異なる。しかし、サンパウロFC、ACミラン、セレソンに格別の愛情を注ぎ、クールな表面上とは裏腹に、常に熱い気持ちでプレーした。
代表でもクラブでも、そして個人としても、世界の頂点を極めたカカ。それだけでなく、賢明で思慮深く、人間性もすばらしいことで知られている。今後はクラブやブラジル連盟で、あるいはFIFAのような国際組織で、選手時代と同様、いやそれ以上の活躍を期待できる得難い人材だろう。