「孝さん、優勝したよ!」 12月24日、パナソニック・パンサーズの福澤達哉の声が、大田区総合体育館に響き渡った。 平成29年度バレーボール天皇杯・皇后杯は、決勝で豊田合成トレフェルサを破ったパナソニックが5大会ぶりの優勝を果たした。 第…

「孝さん、優勝したよ!」

 12月24日、パナソニック・パンサーズの福澤達哉の声が、大田区総合体育館に響き渡った。

 平成29年度バレーボール天皇杯・皇后杯は、決勝で豊田合成トレフェルサを破ったパナソニックが5大会ぶりの優勝を果たした。

 第1セットを奪われたパナソニックは、第2、第3セットを連取して逆転。何度リードしても豊田合成が追い上げてくる苦しい展開で、優勝のかかった第4セットは5点差のリードを同点にされる場面もあった。しかし最後は、エース・清水邦広がサーブで崩し、ポーランド代表のミハウ・クビアクがバックアタックで熱戦に終止符を打った。



スパイクを決めて雄叫びを上げる清水邦広

 パナソニックには、どうしても負けられない理由があった。

 今季のVリーグが開幕する直前の9月3日。2016年にパナソニックを引退した谷村孝(たにむら・こう)さんが、心室細動による急性循環不全により、35歳の若さでこの世を去った。谷村さんは中央大在学中に全日本に選ばれ、パナソニック入団後の2007年には35年ぶりにリーグ優勝を果たしたチームの主力メンバーでもあっただけに、チームに大きな衝撃が走った。

 今季は、谷村さんのユニフォームをベンチに置いて一緒に戦っている。天皇杯優勝を決めた直後にそのユニフォームを着た福澤は、ヒーローインタビューの最後に谷村さんの名前を叫んだ。福澤は試合後の会見でも、「僕も清水も、試合前にコートに入る時、真っ先に孝さんのユニに触って力をもらっています」と目を潤ませた。

 
 谷村さんの福岡大大濠高校時代の後輩でもある白澤健児は、準々決勝でサントリーをストレートで下して準決勝進出を決めた際に、この大会にかける想いをこう語っていた。

「この大会は、孝さんが亡くなってから最初の大会です。いつもベンチの孝さんから力をもらっているので、絶対に優勝という結果を孝さんに届けます」

 ひょうひょうとした性格で”天然キャラ”として愛された谷村さん。白澤は「よくそう言われるんですけど、高校時代はメッチャ怖かったです(笑)」と振り返りながら、「でも、パナソニックに入社したときは知らない人ばかりで緊張したので、孝さんがいてくれて本当に助かりました」と感謝の気持ちを口にした。

 そして、監督就任4期目にして初めてタイトルを獲得した川村慎二監督にとっても、谷村さんは特別な存在だった。

 パナソニックの選手だった川村監督は、2014年の引退と同時に監督に就任。1期目は天皇杯で準優勝、2期目はリーグ準優勝、3期目は黒鷲旗大会で準優勝と、これまでは”シルバーコレクター”に甘んじてきた。

 2017年5月の黒鷲旗の決勝をフルセットの末に落とした際は、「本当にあと少しなんですけどね。何がアカンのでしょうね」と言葉を振り絞っていたが、天皇杯での悲願の初タイトルに、「やっと勝てた」と万感の思いが込み上げた。

「孝とは、選手としても同じポジションで助け合いながらやっていましたし、僕が監督になってからも、計算できるベテランプレーヤーでした。『困ったときの孝だのみ』というところがありましたね。今日、福澤が最後に『孝さん優勝したよ!』と叫びましたが、チーム全員が同じ気持ちだったと思います。選手たちは、孝がベンチで見守ってくれているように感じていたでしょう。それが今まで足らなかった『あと少し』になってくれたんです」

 天皇杯、リーグ、黒鷲旗の3冠のうち、まずは1冠を手にしたパナソニック。1月6日に再開されるリーグでも首位を独走しているが、油断は禁物だ。14ポイント差でリーグ2位につける豊田合成は、天皇杯でも大活躍したイゴール・オムルチェンを前半戦の途中からケガで欠いていたという事情がある。また、3位の東レアローズにも天皇杯準決勝ではフルセットまで持ち込まれており、リーグ再開後の戦いは熾烈を極めそうだ。

 前任の南部正司監督時代のパナソニックは、2回の3冠や4回のリーグ優勝を達成した”常勝軍団”だった。清水は「監督が代わったから弱くなった、とは言われたくない」と強い決意を語っていたが、昨季は多くのケガに泣かされるなど、思うようにチームをけん引できずにいた。

 天皇杯の序盤には、「僕たちはもう何年も優勝から遠ざかっているので、チャレンジャーのつもりで一戦一戦を戦っています」と険しい表情でコメントしていた清水。久しぶりの栄冠に喜びを噛み締めつつも、リーグ再開に向けて気持ちを引き締めていた。

「ずっと優勝できていなかったからか、今日の決勝もリードしているのに『また負けてしまうんじゃないか』という考えが頭をよぎった瞬間もありました。でも、ベンチの孝さんのユニが自分を奮い立たせてくれました。

 全日本ではリオオリンピック出場を逃して、引退を考えたこともありましたが、今は東京オリンピックで勝つことを目指しています。そのためには、天皇杯だけでなくリーグでも活躍して全日本に選ばれないといけません。今日1日だけは思い切り喜んで、明日からはまたリーグ制覇のための日々に戻ります」

 谷村さんにさらなるタイトルを届けるために──。

 一丸となったパナソニックが2冠目のリーグ制覇へ突き進む。