「ブンデスリーガのナンバーワンストライカーといえば?」と聞かれたら、多くの人がロベルト・レバンドフスキの名前を挙げる…
「ブンデスリーガのナンバーワンストライカーといえば?」と聞かれたら、多くの人がロベルト・レバンドフスキの名前を挙げるのではないだろうか。今季もリーグ戦15試合で14得点と、得点ランキングのトップに立つ。その彼が、日本がロシアW杯で対戦するポーランドのエースだということは、組み合わせの抽選以降、各メディアでしつこいほど報じられている。
ドルトムントで2シーズンをともに過ごした香川真司とロベルト・レバンドフスキ
2014年、バイエルン・ミュンヘンに加入したレバンドフスキは、そのシーズンは17得点。その後の2015~16、2016~17シーズンは連続で30得点を挙げ、驚異的な得点力でエースの座に定着した。
バイエルンの場合、例えばレアル・マドリードのクリスティアーノ・ロナウドやバルセロナのリオネル・メッシのように、スーパースターの存在がそのまま戦術に直結するようなサッカーをするわけでない。攻撃を個人に任せることはないし、守備も当然のように11人で行なう。さらにバイエルンにはトーマス・ミュラーを筆頭に、フランク・リベリ、アリエン・ロッベン、ハメス・ロドリゲス、アルトゥーロ・ビダル、キングスレイ・コマン……と、得点を奪える選手はいくらでもいる。そんななかでの30得点が、逆にレバンドフスキの能力の高さ、存在の大きさを際立たせるのだ。
そんなレバンドフスキは2010~11と2011~12の2シーズン、ドルトムントで香川真司の同僚でもあった。
レバンドフスキは1988年8月生まれ。香川とは同学年ということになる。ポーランドの首都ワルシャワ出身で、ポーランドリーグでプロとしてのキャリアをスタートさせ、2010年の夏、香川と同じ時期にドルトムントに加入した。
ドルトムントにはすでにポーランド代表の主力選手だったヤクブ・ブワシュチコフスキ(現ヴォルフスブルク)が2007年からおり、レバンドフスキと同じタイミングでウカシュ・ピシュチェクもヘルタ・ベルリンから移籍してきた。ポーランド代表の主力3人がドルトムントに揃ったのは、チームを強くする大きな要因のひとつになった。
同時期に加入した香川とレバンドフスキだが、先に活躍し始めたのは香川だった。香川は2011年1月のアジアカップで負傷したため、シーズン後半戦は棒に振ったが、それでも18試合出場で8得点という成績を残し、リーグ優勝の立役者のひとりに挙げられた。それぐらい前半戦の活躍は鮮やかだった。
翌2011~12シーズンに入ると、エースのルーカス・バリオスが中国のクラブに移籍したことにより、レバンドフスキがそれに代わる座を掴む。このシーズンは34試合で22得点。チームはリーグとドイツ杯の2冠を達成し、ドイツ杯では6戦7得点で得点王になっている。
一方の香川は31試合で13得点。ストライカーではなく2列目の起用でこれだけの結果を残したことがアレックス・ファーガソンに評価され、シーズン終了後にマンチェスター・ユナイテッド移籍を果たす。ドイツ杯決勝バイエルン戦の先制ゴールなど、印象に残るゴールも多い1年だった。
このシーズンのレバンドフスキは、1年目に比べて技術レベルやシュートの精度を一気に上げたのが誰の目にも明らかだった。それが結果につながっているのだが、もともと盛っていた高い技術に、うまさだけではなく、強引さが加わっていた。何がなんでも自分が得点する。そんな気合いは周囲にも伝わり、プレースタイルは変化していった。
香川は他のチームメイト同様、レバンドフスキを「レヴィ」と呼ぶ。そして当時はよく、半分冗談、半分愚痴のように「レヴィが自分でやっちゃうから……」と言っていた。取材後の雑談や、くだけた雰囲気の中で発せられる言葉だったのだが、それを日本のメディアが取り上げた。すると、今度はそれをドイツ最大の発行部数を誇る大衆紙ビルトが翻訳して掲載。「香川がレバンドフスキを批判」と大きな話題になった。
慌てたドルトムントはビルト紙に香川の独占インタビューをさせることで、弁明の機会が設けられた。別に香川とレバンドフスキの間に遺恨があるわけではなく、よくあるゴシップにすぎないのだが、それでも当時の香川、レバンドフスキ、そしてドルトムントというクラブへの注目度の高さを感じたものだ。
香川が去ったあとも、レバンドフスキはドルトムントで2シーズンを過ごし、2012~13シーズンはチャンピオンズリーグ決勝進出の原動力になった。ホームで行なわれた準決勝第1戦は4-1でレアル・マドリードを圧倒。その4点はすべてレバンドフスキが決めたものだった。続く2013~14シーズンは20得点でリーグの得点王に輝き、バイエルンへと移籍した。
2014年秋、レバンドフスキと入れ替わるように香川はドルトムントに戻ってきた。だがこのシーズン、ドルトムントは一時最下位に沈むなど低迷し、ユルゲン・クロップ監督は退任に追い込まれる。ファンも、そしてクロップも、どれほどレバンドフスキの存在の大きさを思ったことだろうか。
いずれにせよ、レバンドフスキはドルトムントでじっくりと自身の成長を見極めて、バイエルンへと羽ばたいていった。「たられば」の話にもちろん意味はないが、もし香川もレバンドフスキのように、もう少しドルトムントで経験を積み重ねてからビッグクラブに移籍していたら……。そう思えてしまうほど、その後の2人は対照的な道を歩んだ。
日本はポーランドとW杯グループリーグ第3戦で対戦する。レバンドフスキの本気を引き出すには、そこまで日本が決勝トーナメント進出をかけた勝負の土俵に残っている必要がある。もしそこに香川がいれば、それは日本のファンだけでなく、ドイツのドルトムントファンにとっても楽しみな一戦になるはずだ。